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横浜・パークシティ本牧クラブハウス(旧山手250番館)

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◆旧横浜山手250番館/スタンダード石油会社社宅
  ◎設計:アントニン・レーモンド
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和4(1929)年
  ◎移築:昭和60(1985)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り2階建て
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区本牧原5-5-4 (旧所在地は中区山手町250番地)


先日は横浜ゆかりのチェコ人建築家:アントニン・レーモンド設計作品であるエリスマン邸を取り上げましたが、もう一軒横浜に現存するレーモンド設計の邸宅を紹介します。
現在この建物は本牧のマンションのクラブハウスとして使われていますが、もとは横スタンダード石油の社宅として横浜山手の250番地に建てられたものといいます。外観は山手に現存する旧ライジングサン石油社宅(現フェリス女学院10号館)に似た印象を受けます。しかし旧ライジングサン石油の社宅が屋根が平坦なフラットルーフなのに対し、こちらの建物は屋根瓦を用いるなど徹底的なモダンさの追求というより、伝統とモダンの融合といった感じのデザインが特徴としてあげられます。また構造は鉄筋コンクリート、窓枠のサッシは鉄製など、昭和初期の最新技術が多く用いられた邸宅のようです。
また現在はマンションのクラブハウスとして使われていますが、周りの高層マンションや通りの並木と不思議とマッチしているのは、やはりこの邸宅のデザインの素晴らしさが際立っているからではないかとも、久しぶりの訪問でふと思ってしまいました。

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by tokyo-farwest-net | 2009-05-26 00:00 | ■横浜・本牧根岸 | Trackback | Comments(2)

横浜山手のエリスマン邸

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◆山手・エリスマン邸
  ◎設計:アントニン・レーモンド
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:大正15(1926)年
  ◎移築:平成2(1990)年
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区元町1丁目・元町公園内


今月は横浜都市発展記念館でおこなわれている展示企画・横浜建築家列伝で紹介されている建築家が設計した作品を取り上げてきましたが、今回と次回の2回は横浜ゆかりの建築家:アントニン・レーモンド(1889~1976)の作品をご覧いただきたいと思います。

本日ご覧いただいているエリスマン邸は、レーモンド設計により山手127番地に大正15(1926)年に竣工した洋館。旧所在地のマンション建設に伴い、平成2(1990)年に外人墓地隣の元町公園内に移築されたものです。現在横浜山手には数軒の西洋館が横浜市の管理により無料公開されていますが、いちばん最初に公開されたのがこのエリスマン邸でした。
レーモンドといえば日本にモダンな建築スタイルを紹介した建築家として知られますが、このエリスマン邸もドイツ下見板や鎧窓など伝統的なスタイルを用いつつも、全体的にシンプルな出来栄えで、レーモンドがこの後モダニズムへと作風を変えていく兆候が窺える作品といわれています。また一般の公開はされていませんが、同じ山手にある旧ライジングサン石油社宅(現フェリス女学院10号館、昭和4年築)など、レーモンドの原点ともいえる作品も現存しています。また次回は少し足をのばして、横浜本牧に現存するレーモンド作品を紹介したいと思います。

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by tokyo-farwest-net | 2009-05-23 07:46 | ■横浜・山手 | Trackback | Comments(0)

旧横浜生糸検査所、現横浜第2合同庁舎

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◆横浜生糸検査所(現横浜第2合同庁舎)
   ◎設計:遠藤於菟
   ◎施工:大林組・・・・現建物の施工は大林・前田・三井特定建設局営繕部
   ◎竣工:大正15(1926)年、昭和6(1931)年増築
   ◎再建:平成5(1993)年
   ◎構造:鉄筋コンクリート造り4階建て
   ◎所在地:神奈川県横浜市中区北仲通5-57
   ❖横浜市認定歴史的建造物


先日の三井物産横浜支店に引き続き、今回も横浜ゆかりの建築家・遠藤於菟(1866~1943)の現存する設計作品を紹介させていただきます。
現在横浜第2合同庁舎として使われているこの建物は、大正15(1926)年に遠藤の設計により、横浜生糸検査所として竣工したもの。但し、今から10数年前に合同庁舎の新棟の建設に伴い解体され、現在見られるこの姿は旧建物の外観を再現したもレプリカ建築です。
しかし新棟建設にあたり、生糸検査所竣工した当時に建物に飾られていた蚕のモチーフを復元するなど、旧建物の意匠を忠実に再現し、大正15年より親しまれていた街の景観を維持することを重点に置いた復元がされています。

また生糸検査所は冒頭の写真でご覧いただいた事務所棟のほか、建物背後には事務所別棟、A~D棟の4棟の倉庫が置かれ、竣工当時は横浜でも屈指の大規模建築だったようです。なお事務所棟の玄関向って右側の部分は、昭和6年に増築されたもので遠藤於菟が建築家を引退する間際の作品だったようです。
なお横浜都市発展記念館に竣工時の模型や写真が展示されていますので、興味をお持ちの方はぜひこの記念館で展示をご覧ください。

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   ★旧生糸検査所倉庫C棟(旧帝蚕倉庫)
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そして旧生糸検査所の貴重な遺構がこちらの倉庫。横浜第2合同庁舎建設に伴い、A棟倉庫が解体されましたが、B~D棟は帝蚕倉庫所有で現役の倉庫として使われていました。しかし再開発のためB棟・D棟は2年ほど前に解体されています。
残るC棟ですが、注目して頂きたいのが煉瓦が貼られた柱の上のモチーフ。実をいうと、こちらは竣工当時からの正真正銘のオリジナルの装飾なのです。遠い距離から撮影したので少々見ずらいのですが、蚕をモチーフにしたデザイン。また別プログで数年前に撮影した倉庫の写真を掲載していますので、そちらも併せてご覧ください。

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by tokyo-farwest-net | 2009-05-18 00:18 | ■横浜・関内 | Trackback | Comments(0)

旧横浜生糸検査所、現北仲BRICK

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◆旧横浜生糸検査所事務所(帝蚕倉庫本社)
  ◎設計:遠藤於菟
  ◎施工:大林組
  ◎竣工:大正15(1926)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区北仲通5-57


前項で紹介した旧横浜生糸検査所に続き、こちらも建築家・遠藤於菟(1866~1943)設計の旧生糸検査所の施設で旧事務所棟です。生糸検査所というより帝蚕倉庫の事務所といった方が馴染みがあるかも知れません。
こちらの事務所棟も先に紹介した本棟や倉庫棟と同じく、柱部分に煉瓦を張りけるというデザイン。また当時の遠藤於菟は自らが設計した鉄筋コンクリート製の建物の柱に、このような煉瓦を張り付ける手法をたびたび用いています。遠藤の十八番といえるスタイルだったようです。またこの事務所棟も煉瓦の列柱の上に、蚕のモチーフなどの装飾が取り付けられていたようですが、現在は撤去されています。

忘れられがちな存在の建物ですが、近年開通した地下鉄・みなとみらい線〔馬車道〕駅の出口をでると、この建物が目の前に建っています。今後どのような活用がされるかは分かりませんが、明治なかばから昭和初期にかけて横浜の地で活躍した建築家・遠藤於菟の貴重な設計作品として、そして横浜のこれまでの歴史を語る上でも、後世に伝えていくべき建物だと私は考えます。

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★丸井今百貨店札幌本店(設計:遠藤於菟、大正15年築)
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これまで紹介した横浜の建物のほかに、札幌に残る遠藤於菟の設計作品・丸井今井デパート。
但し同デパートは業務拡大に伴い、昭和12年から戦後数回にわたって増築工事を実施。それにより現在の店舗は竣工当時の倍以上の高さになり、この当時の面影を残す箇所も殆ど見られないほどに改築されている。

※上の図版・・・・・筆者所蔵の絵葉書より

by tokyo-farwest-net | 2009-05-17 19:17 | ■横浜・関内 | Trackback | Comments(0)

三井物産横浜支店、旧三井物産倉庫

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◆三井物産横浜支店
  ◎設計:遠藤於菟、酒井祐之助
  ◎施工:直営
  ◎竣工:明治44(1911)年、昭和2(1927)年増築
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り4階建て
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区日本大通14


先日は横浜ゆかりのアメリカ人建築家:J・H・モーガンの横浜に現存する設計作品を紹介しましたが、今回からは明治中期から昭和初期に活躍した建築家・遠藤於菟(1866~1943)の設計作品を紹介していこうと思います。
残念ながら遠藤於菟の設計作品は横浜に2棟、札幌に1棟(大正15年竣工の丸井今井デパート、その後の度重なる増築で原型を留めず)のみが残るだけですが、遠藤の代表作とも言うべき作品がこの横浜に現存しています。それが今回紹介する三井物産ビル。「日本初の鉄筋コンクリート製オフィスビル」として知られる、日本近代建築史に残る傑作と言われる作品です。
遠藤は明治30年代より横浜正金銀行の現場監督を務め、その傍ら当時最先端のアールヌーヴォーを自らの設計作品に取り入れるなど、日本建築界の近代化に貢献した人物として知られています。そして遠藤が取り組んだものの一つが、鉄筋コンクリート製の建造物を施工するという事でした。

遠藤は三井物産ビルの建設にあたり、明治43年にこの建物の裏手にあたる同社の倉庫を煉瓦造り・一部コンクリートを用い落成。そして明治44年には、三井物産のビルディングの写真左側の部分を鉄筋コンクリートで落成させました。なお当時の三井物産は、生糸の輸出が主要な産業でしたので、同社がいかにこのビルの建設に重点を置いていたのかが伺えます。
また大正12年の関東大震災で建物自体は地震の被害を受けなかったようですが、周辺で起きた火災の被害を受け一部損傷。その修復工事と併せて昭和2年に増築されたのが、写真中央玄関から右手の2号ビルディングです。

なお現在、横浜都市発展記念館でおこなわれている横浜建築家列伝展では、明治44年竣工当時の外壁のタイル、また遠藤於菟と共同設計者である酒井祐之助の間に取り交わされた契約書など貴重な資料も展示されています。この三井物産ビルと横浜都市発展記念館は目と鼻の距離なので、当時の貴重な資料を見た後に実際にビルディングを見るというのも面白いかも知れません。決して素通りはできない横浜が誇る名建築のひとつです。

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◆旧三井物産横浜倉庫
   ◎設計:遠藤於菟
   ◎施工:直営
   ◎竣工:明治43(1910)年
   ◎構造:煉瓦造り、一部コンクリート製
   ◎所在地:神奈川県横浜市中区日本大通14

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道路側は白タイル貼りですが、建物横はご覧のような煉瓦張りになっています・・・・。
by tokyo-farwest-net | 2009-05-13 00:01 | ■横浜・関内 | Trackback(1) | Comments(1)

横浜・旧根岸競馬場一等馬見所

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◆旧根岸競馬場一等馬見所
  ◎設計:J・H・モーガン(J・H・Morgan)
  ◎施工:大倉土木
  ◎竣工:昭和4(1929)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区根岸台・根岸森林公園内


前3回は横浜ゆかりのアメリカ人建築家:J・H・モーガン(1877~1937)の横浜山手に残る設計作品を紹介させていただきましたが、今回は少し足を延ばして横浜の根岸へ行ってまいりました。根岸森林公園内に残るJ・H・モーガンの設計作品の一つ、旧根岸競馬場の観覧席を見るためです。
根岸へ訪れたのは約5年振り。JR根岸線の山手駅を下車し、地図も持たずおおよその記憶を頼りに歩きだしたものの、まったくの正反対の場所に行ってしまい、気付いたら坂下にあたる山元町に辿り着うなど、かなり遠周りな散歩になってしまいました(苦笑)。ですが、この山元町からも三つの搭が付いた旧根岸競馬場のスタンドは一目で分かり、その存在感の大きさに圧倒された今回の訪問でした。

現在は米軍キャンプと米軍住宅に囲まれて肩身の狭い感じのする旧競馬場スタンドですが、昭和3年から現存する一等観覧席と、その倍の収容人員を誇る二等観覧席が建設されています。冒頭の写真の左手に二等スタンドがあったそうです。またこの当時には兵庫県西宮市の阪神甲子園球場、東京の神宮球場など鉄筋鉄骨コンクリート造りの大人員を収容する施設も竣工していましたが、競馬場に関してはこの旧根岸競馬場が大規模スタンドの先駆けだったようです。
今は廃墟となった旧根岸競馬場ですが、外国人文化が華やかだった戦前から米軍接収の時代、そして現代までを見つめ続けてきた根岸のモニュメント的な建物といえるでしょう。建物のところどころに残る装飾から、当時の競馬場の賑わいを想像してしまった今回の訪問でした。

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上の3枚の写真は、旧客席を覆う屋根の鉄骨が残っていた2001年ころに撮影たもの。
by tokyo-farwest-net | 2009-05-10 00:10 | ■横浜・本牧根岸 | Trackback | Comments(0)

横浜・山手のぺーリックホール

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◆べーリック・ホール
  ◎設計:J・H・モーガン(J・H・Morgan)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:木造モルタル塗り2階建て、地下1階:鉄筋コンクリート製
  ◎所在地:神奈川県横浜市山手町72
   ❖横浜市認定歴史的建造物


前回の山手111番館クライストチャーチに続き、今回も横浜ゆかりの建築家:J・H・モーガン(1877~1937)の作品を紹介したいと思います。
このべーリックホールは昭和5(1930)年竣工の邸宅で、言わずと知れた横浜山手の名所のひとつ。
イギリスの貿易商のぺーリックの邸宅として建てられものですが、戦後になりこのすぐそばにあったセントジョセフ・インターナショナルスクールの所有となり、同校の閉校後は市に寄贈され2002年より一般公開されています。現在は開放的な雰囲気ですが、以前は塀が巡らされ見たくても見れない幻の洋館のひとつだったのを記憶しております。

さてこのべーリックホール、山手に現存するJ・H・モーガン設計の111番館と同様、スパニッシュスタイルの外観。また玄関扉などにアールヌーヴォー調(・・・・と言っても少し骨太な感じですが)のデザイン、また1階廊下の黒と白の格子模様など、1920年代から30年代の建物らしいモダンさも窺えることができます。また写真では紹介してませんが、かなり広めの地下室が設置されるなど、当時としてはハイテクな住宅だったのではないかと思われます。
この邸宅を訪れるたび、戦後長らくべーリックホールを守り続けていた、セントジョセフスクールの美しい校舎を思い出してしまう私です・・・・。

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▼なお邸内の様子は下のMoreをクリックして頂くとご覧になれます。

More
by tokyo-farwest-net | 2009-05-06 19:43 | ■横浜・山手 | Trackback | Comments(0)

横浜山手聖公会(クライストチャーチ)

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◆横浜山手聖公会
  ◎設計:J・H・モーガン(J・H・Morgan)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和6(1931)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り1階・一部2階建て、地下1階
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区山手町234
    ❖横浜市認定歴史的建造物


先日の山手111番館に引き続き、今回もアメリカ人建築家:J・H・モーガン(1877~1937)の設計作品を紹介したいと思います。
その建物とは山手聖教会、山手カトリック・双葉の鐘楼と並んで山手の三搭と呼ばれている建物です。
あまりにも有名な建物なので、余計な解説は必要ないと思いますが、鉄筋コンクリート製の外壁に大谷石を貼り、中世の城砦を思わせる重厚かつ端正な造り。また建物正面から見ると高さはそれほど感じないのですが、別の尾根道(山手は何本かの尾根道から形成されている)から見ると、その存在感に気付かされたりします。家々の間から、一瞬見える夕日に輝く教会の鐘楼は思わず息をのむ美しさです。
なおこの教会、昭和20年の空襲で延焼するなど度重なる不運に苛まれた建物ですが、そのつど修繕がおこなわれ人々の大事な祈りの場として使われ続けています。

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玄関両脇に取り付けられている、教会のこれまでの歴史を記した銘板。

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by tokyo-farwest-net | 2009-05-02 01:56 | ■横浜・山手 | Trackback | Comments(0)

横浜山手の111番館

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◆山手111番館(旧ラフィン邸)
  ◎設計:J・H・モーガン(J・H・Morgan)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正15(1926)年
  ◎構造:木造2階建て・地下1階
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区山手町111
   ❖横浜市認定歴史的建造物


4月25日より横浜関内の横浜都市発展記念館にて〔横浜建築家列伝〕という企画展が催されています。内容はそのタイトル通り横浜ゆかりの建築家の業績を紹介するというもので、これまでありそうでなかった都市と建築家という両面をとらえた見ごたえのある企画展です。今年の8月まで催されているので、興味のある方はぜひ足を運んでください。
そういう事で感化されやすい私も(苦笑)、さっそくこの企画展で紹介されていた建築家の作品を取り上げたいと思います。

まず最初はJ・H・モーガン(1877~1937)の設計作品を幾つか紹介してきます。
モーガンはアメリカ・ニューヨーク州のブァッハァロー生まれ。大学卒業後、ミルウォーキー・ニューヨークでの建築家活動を経て、大正9年にニューヨーク・フラー社の技師として東京・丸の内ビルディング建設のために来日。また同社を退職したモーガンはそのまま日本に残り、大正11年に自らの建築設計事務所を開設。そして大正15年には横浜山下町に設計事務所を移転させています。その横浜移転まもなくの作品が、この山手111番館とのことです。
スパニッシュ風の明るい洋館で今や横浜山手の顔とも言うべき111番館ですが、一般公開されたのは約10年前、それまでは見たくても見れない幻の洋館でした。
また洋館そのものも素晴らしいのですが、訪れた際に注目して頂きたいのが、部屋の一室に展示されているモーガン関連の写真や資料。モーガンは昭和12年に60歳で亡くなるまで日本に定住しましたが、日本定住を決意させたモーガン夫人の石井たまのさんとの夫婦仲睦ましい写真なども展示されています。
いつも賑わっているこの洋館ですが、モーガンの日本での物語をゆっくりと回想したくなる素敵な空間です・・・・。

❖参考資料・・・・「日本建築士」昭和12年11月号『故正員建築士ヂェー・エッチ・モーガン君の経歴及作品』
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▼なお室内、屋敷裏の様子は下のMoreをクリックして頂くとご覧になれます。見どころの多い111番館です・・・・。

More
by tokyo-farwest-net | 2009-05-01 00:01 | ■横浜・山手 | Trackback | Comments(0)