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カテゴリ:■金沢( 3 )

金沢・兼六園

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◆兼六園
 ◎造園:前田綱紀、前田治脩、前田斉広、前田斎泰ほか
 ◎開園:延宝4(1676)年
 ◎一般公開:明治7(1874)年5月
 ◎有料公開:昭和51(1976)年
  ❖国指定特別名勝


金沢に来たなら絶対立ち寄らなければならないのが、日本三大名園の一つ兼六園でしょう。加賀藩の五代藩主である前田綱紀が17世紀半ばの延宝年間を造園を開始、一度は金沢の大火で庭は荒れてしまったと言いますが、11代から13代藩主の加賀藩主が大々的に庭園に手を入れ、完成したのが現在の兼六園だと言います。

林泉回遊式大名庭園という形式を取っているという兼六園ですが、庭園の美しさは東京にある浜離宮や小石川後楽園などと匹敵するものだと思います。また兼六園の面白いところは金沢城と同じ稜線の高台に庭があり、犀川の上流から引いた辰巳用水の水をふんだんに庭に用いている事でしょう。美しい水面の霞ケ池から振り返ると、眼下には金沢の町を見下ろせるという不思議な世界。このような庭園との出会いは兼六園が初めてだったと思います。
様々な季節に訪れたいと思わせてくれる名園でした。

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日本庭園には珍しい噴水。現代のポンプなどで汲み上げられたものではなく、辰巳上水の水を逆サイフォンの原理により吹き上げさせたもの。水のワンダーランドとも呼べる兼六園の代表的な施設である。
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霞ケ池を振り返ると眼下には金沢の市街地が。東京にある江戸期の大名庭園にはない不思議な感覚に襲われます。
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兼六園の食堂で名物のじぶそば(治部蕎麦)を食する。軟水の出汁は関東ローム層の硬水のこちらでは味わえないもの。
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by tokyo-farwest-net | 2019-06-08 11:08 | ■金沢 | Trackback | Comments(0)

金沢城

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◆金沢城
 ◎設計:不詳
 ◎施工:不詳
 ◎竣工:文禄元(1592)年~
 ◎復元:平成13(2001)年・・・・菱櫓、五十県長屋、橋爪門続櫓
    :平成22(2010)年・・・・河北門、いもり堀
    :平成27(2015)年・・・・橋爪門
 ◎構造:木造漆喰塗り
 ◎所在地:石川県金沢市丸の内1-1
  ❖国指定史跡
  ❖国指定重要文化財(石川門、三十県長屋、鶴丸倉庫)


まずは史学科の国史学専攻の落ちこぼれだった、私の学生時代の昔話を一つほど。周りの同級生たちはお城や戦国武将の話をしており、前田利家の話で何だかんだと盛り上がっていましたが、まったく異次元の話でその話の輪にも加われず、戦国時代についてはもちろん、金沢という町や加賀藩や金沢城に強い興味を抱けませんでした。それから二十数年の月日が経ち、初めての金沢旅行。今回の金沢旅行では近代建築のほか、兼六園を見学コースに入れていましたが、金沢城はそれには入っておりませんでした。

しかし兼六園訪問後に当初見学を予定していた、〔石川県立伝統産業工芸館〕が臨時休館という事が判明。兼六園入場時に兼六園と他施設の2施設共通チケットを買ってしまったため、伝統産業工芸館の見学を諦め金沢城見学にする事にしたのです。
皆さんもご存じのように、金沢城も他の城郭と同様に明治初期には以上になり大半の施設は解体。更に城跡は金沢大学のキャンパスなどが形成され、当時の建造物は殆ど無くなったと言います。そのような金沢城でしたが、近年になり城の復元プロジェクトが始動。平成になり幾つかの施設が完成し現在に至っています。その復元方法は19世紀初頭の城の姿を参考に、全て当時の工法で建てられました。

戦後は藤岡通夫(1908~1988)などにより、以前の城郭の姿を鉄筋コンクリートで忠実に再現する手法が主流になりましたが、当時の手法で再建をおこなうのは手間のかかるスケールの大きい事業だと思います。すべて復元工事が完了するのはいつの日か想像もつきませんが、ゆっくりとこのようなプロジェクトを見守りたいと思います。新たなる興味が沸いてきた今回の旅でした。

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by tokyo-farwest-net | 2019-06-01 16:01 | ■金沢 | Trackback | Comments(0)

金沢市の尾山神社神門

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◆尾山神社神門
 ◎設計:津田吉之助
 ◎施工:津田吉之助
 ◎竣工:明治8(1875)年11月
 ◎構造:木骨石造、木造一部煉瓦造(1階)
    :木造漆喰塗り(2階・3階)
 ◎所在地:石川県金沢市尾山町11-1
  ❖国指定重要文化財


既に別ブログでは紹介を開始していますが、こちらでも今年(平成31年:2019)年4月に行った金沢建築探訪記を始めたいと思います。
そういう事でこちらの第一回目は、金沢の観光ポスターなどで度々登場する尾山神社の神門を取り上げたいと思います。
尾山神社は加賀藩の藩祖である前田利家を祀るため、明治6(1873)年に創建された社と言います。その際に社殿などが建てられましたが、その一環でこの神門が建てられた訳です。しかしこの神門、寺社建築の定番である伝統的な和風スタイルではなく、一層には戸室石を貼った洋風の影響が強いスタイル、二層・三層は洋風か中華風か和風とも言えぬ擬洋風なデザインが施されています。また神門の上には日本最古と言われる避雷針が設置されており、この建物に更なるインパクトを与えています。

そして三層目の窓には当時としては珍しかった色ガラスが嵌められ、夜間になると室内に明かりが灯され、創建当時は金沢郊外の港からも見えることから、灯台の役割も果たしていたと言います。ちなみに尾山神社から海までは数キロの距離があり、真偽のほどはかなり怪しいですが、文明開化まもなくの金沢の人たちには神門の登場は、かなりのインパクトがあった事は紛れもない事実でしょう。兼六園や金沢城や茶屋街などと共に、この町を代表する歴史的施設であります。

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ちなみに尾山神社の門前には、建築家・関根要太郎(1889~1959)1959設計の不動貯金銀行金沢支店が建っていました。
詳しくは下のリンク記事をご参照ください。



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尾山神社は神門のほか、社殿や庭なども見事。
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by tokyo-farwest-net | 2019-05-17 08:17 | ■金沢 | Trackback | Comments(0)