カテゴリ:■東京・23区( 69 )

東京文京区小石川植物園の旧東京医学校本館

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◆旧東京医学校本館
   ◎設計:西郷元善
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:明治9(1876)年
   ◎構造:木造外壁漆喰塗り2階建て
   ◎所在地:東京都文京区白山3-7-1(小石川植物園内)
    ❖国指定重要文化財 
  

今年李桜の開花はとんでもなく早かったですが、まだ桜のつぼみがほころんだ頃に訪ねたのが、東京白山の小石川植物園でした。
小石川植物園は現在は東京大学付属の植物園として知られていますが、その歴史は江戸時代に遡り、江戸幕府が開園した小石川御薬園(こいしかわおやくえん)がそのルーツだといいます。また明治に入ると東京帝国大学にその管轄は引き継がれ、一般公開がおこなわれるようになりました。この植物園、学術研究がメインということもあり、環境省が管理する新宿御苑や、東京都が管理する旧岩崎邸庭園清澄庭園殿ヶ谷度戸庭園などの都営庭園に比べ華やかさには欠けますが、なかなか楽しめる庭園でした。

そしてその庭園の北側には、一棟の赤い色をした不思議な洋館が建っています。もとは東京医学校(現在の東大医学部)の建物だったそうで、明治9(1876)年に文京区の本郷元冨士町に建てられたものを現在地に移築したものだそうです。また竣工当初は少し違う姿だったと言いますが、明治の後年になり現在の姿へ改められたと言います。
そのような洋館ですが、明治初期の建物らしく建物細部のデザインに和風のモチーフを取り入れた、擬洋風式で仕上がっています。明治初期の写真など見ると、当時の東京はこのような擬洋風の建物がたくさん建てられたようですが、都内で現存する本格的な擬洋風の洋館はこの赤い洋館のみになってしまったようです。そのような意味ではとても貴重な建築作品と言えるでしょう。小石川植物園の自然をバックに、遠く明治の東京の風景を想像してしまった私でありました・・・・・。


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by tokyo-farwest-net | 2018-04-14 09:14 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京千代田区の日本水準原点標庫

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◆日本水準原点標庫
  ◎設計:佐立七次郎
  ◎施工:直営
  ◎竣工:明治24(1891)年5月
  ◎構造:石造平屋
  ◎所在地:東京都千代田区永田町1-1
   ❖東京都指定有形文化財


このところ以前にも増して行動範囲が定番化している私ですが、2月の下旬の週末は地下鉄有楽町線の永田町駅で下車し、皇居・丸の内をめぐる簡単な都心散策を楽しみました。その中でも久しぶりに訪れたのが、国会議事堂の前庭です。二重橋や東京駅の賑わいとは違い訪れる人は殆どおりませんが、憲政記念館がある北側の庭園は桜田門や桜田濠、丸の内が一望できる隠れたビュースポットであります。

そり庭園内にひっそりと建っているのが、日本水準原点標庫。明治の初めにに日本政府(陸軍陸地測量部)が地図測量に際し海抜水準を決めるために、ここに原点標の設置を定め、それを収納するためにこの標庫が建設されたという次第です。
ちなみに設計を担当したのは、佐立七次郎(1856~1922)という讃岐出身の建築家。佐立さんと言えば、明治はじめに工部大学校の第一期生として、辰野金吾や片山東熊、曾禰達蔵らと共に本格的な建築知識を修得した建築家として知られています。しかし現存作品は殆どなく、北海道小樽市の日本郵船小樽支店(明治39年築)と、日本水準原点標庫のみのようです。ちなみに永田町のこの作品、西洋の古典主義建築のスタイルを忠実に再現した、とてもお堅い真面目な建築作品であります。

なおこの水準点、比較的地盤沈下などの影響の少ない武蔵野台地のへりにあたる場所に置かれております。ちなみに明治24(1891)年当時24メートル50センチだった海抜は、大正12(1923)年の関東大震災で約8センチ、平成23(2011)年の東日本大震災では2.4センチ地盤が沈下し水準標高が訂正されたそうです。そのような話を聞くと、地球のスケールの大きさを実感してしまいますね・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2018-03-17 07:17 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京国立博物館表慶館

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◆旧東京帝室博物館表慶館
 ◎設計:片山東熊、高山幸次郎ほか(宮内庁内匠寮)
 ◎施工:直営
 ◎竣工:明治42(1909)年
 ◎構造:煉瓦造、一部石造
 ◎所在地:東京都台東区上野公園13
  ❖国指定重要文化財

 
先日、東京上野の東京国立博物館の顔とも言うべき本館(昭和12年築)を紹介しましたが、その左隣に建つのがこの表慶館です。
個人的には本館や表慶館の向かいに建つ東洋館(設計:谷口吉郎、昭和43年築)ばかりに注目してしまい、撮影するをついつい忘れてしまうのですが、上野国立博物館の展示施設の中ではいちばんの古株になります。この表慶館、当時の皇太子(のちの大正天皇)のご成婚を記念し建設が決定。明治42(1909)年に竣工しています。
私が学生の頃は考古学の展示スペースとして使われていましたが、平成館や法隆寺館のオープンに伴い、不定期な公開施設になっているようです。ちなみに私が東京国立博物館を訪ねた8月は、残念ながら門の扉が固く締められていました。

さてこの表慶館、最大の売りと言えばヨーロッパの宮中建築と見間違えるような、優雅なバロック建築の外観でしょう。これは宮内省内匠寮により設計・建設されたもので、当時宮中建築の建設を取り仕切っていた片山東熊(1854~1917)などが中心となり設計され、ご覧のような博物館施設が竣工した訳です。同時期に片山は、宮内省内で東京四谷の赤坂離宮(現在の迎賓館)をはじめ、幾つかのプロジェクトを掛け持ちしていましたが、どれもクオリティーの高い古典的な洋風建築を完成したことは注目に値します。
次回の訪問時はぜひ中も見学したい建築作品です。


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by tokyo-farwest-net | 2016-09-10 06:10 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京銀座の教文館・聖書館ビル

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◆教文館・聖書館ビル
  ◎設計:アントニン・レーモンド
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:昭和8(1933)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造8階建て
  ◎所在地:東京都中央区銀座4-5-1


 先日、別ブログで銀座4丁目の和光本館・旧服部時計店(昭和7年築)を紹介させていただきましたが、そのすぐそばにあるのが教文館ビルです。一見した限りでは築30~40年の建物に見えますが、竣工は和光本館の竣工の翌年にあたる昭和8年で、その頃の外観は直線を強調したアールデコ風の洒落たものだったといいます。
 またこのビルの設計は、チェコ出身のアメリカ国籍の建築家:アントニン・レーモンド(Antonin Raymond、1888~1976)が手掛けています。教文館・聖書館はアメリカメゾシストの団体なので、その縁でレーモンドが設計をおこなうようになったと想像されます。外観は竣工当初の面影を残す場所は全くありませんが、聖書館・教文館を結ぶエントランスには、美しいアールデコの装飾が施されています。この近くに立ち寄った際には、是非この美しい空間を堪能してみて下さい・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2014-05-31 06:31 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

JR総武線・両国駅舎

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◆JR両国駅
  ◎設計:鉄道省
  ◎施工:銭高組
  ◎竣工:昭和4(1929)年12月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都墨田区横網1-3-20


 東京近郊の武蔵野台地に住んでいる事もあってか、殆んど訪れる事がないのが墨田川の東側にあたる東京23区の東部地区。この日は江戸東京博物館でおこなわれる講演会に参加するため、JR総武線の両国駅で降りた訳です。両国駅と言えば何と言っても両国国技館の最寄駅として知られていますが、その駅舎もなかなか見応えのある建造物です。
 JR総武線と言えば現在は都心に乗り入れていますが、昭和初期まではこの両国駅が始発・終着駅だったとのこと。そのようなターミナル駅としての期待も込められていたのでしょうか、鉄道省によりご覧のような立派な駅舎が建設された訳です。外観としてはこの時期鉄道省により建てられた鉄筋コンクリート造の駅舎建築ですが、アーチ形の窓デザインなどのせいもあってかとても柔らかな印象も受けてしまいます。また一部の小窓は、 ドイツ表現派を連想させる洒落たものも。当時の鉄道省の職員は、当時の流行りをどうしても入れたかったのですかね・・・・。また現在は使われていない臨時ホームを含め、駅舎もホームも昭和初めの鉄道の時代を偲べるなかなか見どころの多い作品でした。

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by tokyo-farwest-net | 2014-05-24 06:24 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京都北区古河庭園の旧古河虎之助邸 sanpo

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◆旧古河虎之助邸
  ◎設計:ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正6(1917)年
  ◎構造:煉瓦造2階建て、一部地下
  ◎所在地:東京都北区西ヶ原1-27-39
   ❖国指定重要文化財


こちらは2年前に撮影した、東京都北区の古河庭園内に建つ旧古河虎之助邸の写真です。この訪問時は薔薇が見頃になった6月という事もあり、結構な賑わいだったと記憶しております。
古河庭園(古河邸)のかっての主は、古河財閥の3代目当主・古河虎之助(1887~1940)。古河財閥と言えば、古河鉱業の足尾銅山事件がその歴史に悪い意味で広く知れ渡っています。なお古河虎之助は、その事件の後始末や、古河財閥を近代的な会社組織へと再編させた人物であります。その虎之助が第一次世界大戦の好景気に乗り、新築させたのが小松石張りの重厚なこの洋館だったのです。

設計がかのジョサイア・コンドル(1852~1920)という事もあり、英国風の伝統的な作りになっていますが、その爽やかな明るい感じのデザインは、いかにも大正期竣工の作品ならではの出来栄えです。またコンドルの最晩年の作品という事でも、注目に値する作品であります。
出来ることなら邸宅内をゆっくり撮影してみたいなと、以前撮った写真を見ながら思ってしまった私であります。

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by tokyo-farwest-net | 2013-09-21 00:21 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京神保町の旧相互無尽会社

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◆旧相互無尽会社
  ◎設計:安藤組
  ◎施工:安藤組
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造4階建て
  ◎所在地:東京都千代田区神田神保町2-19


 本日別プログにおいて神田錦町の学士会館〈昭和3年築)を紹介しましたが、その帰りに立ち寄ったのが神保町の裏通りにあるこの建物です。現在はどのような用途で使われているかは知りませんが、今から20年くらい前は住友銀行系列のわかしお銀行の施設として使われていたと記憶しております。個人的な話になりますが都内某学校の学生だった私はこのそばの中古レコード店でアルバイトしており、貫禄あるこの建物をその当時から意識していたのであります。すっかり神保町の街並みも変わりましたが、この建物は今も健在です。
 さてこの建物、詳しいプロフィールについては不明な点が多いようですが、昭和5年に戦前に活躍したゼネコン・安藤組により建てられたものとの事。〔無尽〕と〔相互〕という名称から察すると、小口にお金を貸す事をメインにした金融機関の施設だった事になるでしょう。極端に狭い玄関などを考えると、そのような用途で使われていた可能性はかなり高いと思います。また外観は少しいかついですが、当時流行のスクラッチタイルとテラコッタを使っているのも見逃せない点です。この先も何となく生き続けて欲しい隠れた町の名建築の一つであります。

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by tokyo-farwest-net | 2012-02-18 18:18 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(5)

東京文京区の旧麻田駒之助邸

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◆旧麻田駒之助邸
  ◎設計:保岡勝也
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正10(1921)年、大正12(1923)年
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:東京都文京区西片
   ❖国登録有形文化財


先月、久しぶりに訪れたのが文京区の西片。東京の地理に詳しい人でないとピンと来ない地名かも知れませんが、東京大学の本郷キャンパスの西側にある古くからの高級住宅街です。東京の高級住宅街というと高台に位置しているものが殆どですが、この西片もその例に洩れず本郷の小高い山の上にあります。また古くからの住宅街という事もあり、町の所々に年代物の古い屋敷が残り、この町の歴史の長さを今に伝えています。
さてそのような西片にある代表的な屋敷と言うのが、この旧麻田駒之助邸です。この麻田氏、中央公論社の初代社長を務めた人物で、大正10年から12年にかけて建てられたのが冒頭の写真でご覧頂いた邸宅になります。設計は三菱の技師長を務めた経験もある建築家・保岡勝也(1877~1942)によるもの。保岡といえば川越の旧八十五銀行本店の設計などが知られますが、得意分野は住宅の設計。その現存作品がこの邸宅になる訳です。当時の日本住宅は和洋の生活スタイルをいかに融合させるかという事が主題に置かれていましたが、こちらでは和洋を分離させるという手法を用いています。無理に実験的な事をやるよりも、無難な手法でその難題を解決させたと言ったところじょうか。西片という町にピッタリの落ち着いた邸宅であります・・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2011-06-11 11:11 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京中央区のカトリック築地教会

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◆カトリック築地教会
  ◎設計:石川音次郎、ジロジアス神父
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和2(1927)年
  ◎構造:木造モルタル塗り平屋
  ◎所在地:東京都中央区明石町5-26
   ❖東京都選定歴史的建造物


東京中央区の明石というと、昨年の夏に十分な論議もされぬままに解体された区立明石小学校(大正15年築)の事を真っ先に思い浮かべてしまいます。その明石小の向かいに建つのがこのカトリック築地教会です。築地と言うと幕末より外国人居留地が置かれていた一帯で、この教会もその時代に設立されたものだそうです。また現在の聖堂は関東大震災で倒壊した先代の聖堂に代わって新築されたもの。外観を見ると重厚な感じもしますが、実はこれ木造で外壁にモルタルを塗って石造り風に見えるようにしています。
明石小の解体計画が表面化する以前からこの界隈はよく訪れていましたが、この教会は東京都選定歴史的建造物に指定されている事もあってか信者さん以外の来訪者を多く見かけました。しかし町の歩んできた歴史を考えれば、教会も小学校も同等の価値があったのではないかと私は考えます。歴史的建造物というと、国や都道府県の文化財に指定されたものばかりに注目が集まってしまうのは当然ですが、それ以外にも地域の歴史と共に歩んできた生きる文化財が数多くある事も忘れてはいけないと思います・・・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2011-01-23 00:23 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(0)

東京港区の日本キリスト教団安藤記念教会

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◆日本キリスト教団安藤記念教会
  ◎設計:吉武長一
  ◎施工:柏木菊吉
  ◎竣工:大正6(1917)年
  ◎構造:石造り平屋
  ◎所在地:東京都港区元麻布2-14-16
   ❖東京都選定歴史的建造物


この教会は港区の元麻布にある大正6年竣工の聖堂。この近くの有栖川公園内にある都立図書館に訪れた行き帰りにこの前をよく通るのですが、冷静に考えると一度も写真を撮ったことがないなと思い、昨年の夏に撮影したのが今回ご覧頂いている写真です。
設計は吉武長一という建築家。吉武に関しては私も勉強不足で詳しい事を知らないのですが、アメリカ留学の経験を持ち主に大正期に活躍していたという人物。またこの頃、京都の煙草王として知られる村井吉兵衛率いる村井財閥の施設も数多く手掛けており、京都に何軒か旧村井銀行の店舗だった建物が現存しています。また東京では先代の銀座教会のほか、日本橋の野村證券本社の向かいに村井銀行の東京支店という当時としては大規模な建造物の設計を手掛けましたが、いずれも現存していません(旧村井銀行東京支店は東京三菱UFJ銀行の建物に玄関の一部がモニュメント的保存がされている)。そのような点から考えるとこの安藤記念教会、とても貴重な吉武作品という事になるでしょう。
比較的小規模な作品でありますが、ゴシックを基調としたそのデザインは力強さを感じさせてくれます。また聖堂内のステンドグラスは当時を代表するガラス作家・小川三知作とのこと。一度中を見学してみたい建物の一つでもあります・・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2011-01-22 17:22 | ■東京・23区 | Trackback | Comments(2)