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東京都北区古河庭園の旧古河虎之助邸 sanpo

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◆旧古河虎之助邸
  ◎設計:ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正6(1917)年
  ◎構造:煉瓦造2階建て、一部地下
  ◎所在地:東京都北区西ヶ原1-27-39
   ❖国指定重要文化財


こちらは2年前に撮影した、東京都北区の古河庭園内に建つ旧古河虎之助邸の写真です。この訪問時は薔薇が見頃になった6月という事もあり、結構な賑わいだったと記憶しております。
古河庭園(古河邸)のかっての主は、古河財閥の3代目当主・古河虎之助(1887~1940)。古河財閥と言えば、古河鉱業の足尾銅山事件がその歴史に悪い意味で広く知れ渡っています。なお古河虎之助は、その事件の後始末や、古河財閥を近代的な会社組織へと再編させた人物であります。その虎之助が第一次世界大戦の好景気に乗り、新築させたのが小松石張りの重厚なこの洋館だったのです。

設計がかのジョサイア・コンドル(1852~1920)という事もあり、英国風の伝統的な作りになっていますが、その爽やかな明るい感じのデザインは、いかにも大正期竣工の作品ならではの出来栄えです。またコンドルの最晩年の作品という事でも、注目に値する作品であります。
出来ることなら邸宅内をゆっくり撮影してみたいなと、以前撮った写真を見ながら思ってしまった私であります。

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by tokyo-farwest-net | 2013-09-21 00:21 | ■東京・23区

横浜山手資料館

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◆山手資料館
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:明治42(1909)年
   ◎移築:昭和52(1977)年
   ◎構造:木造2階建て
   ◎所在地:横浜市中区山手町236
     ❖横浜市認定歴史的建造物


横浜山手の外人墓地向かいの、広い芝生の奥に建つグリーンの洋館。山手資料館。
私など関東圏に住む人間にとっては、子供の頃からテレビなどで外人墓地とセットで紹介される事も多かったので、とても馴染みのある建物です。お菓子の家のような可愛らしい風貌の洋館は、やはり山手の顔とも言える存在です。
そういう事で私は、ずうっと横浜で暮らす外人の住宅だと思い込んでいましたが、もとは根岸本牧1丁目に日本人の邸宅の応接間として建てられたものだそうで、昭和初期に山手諏訪町に移築、そして昭和52年に現在地に移築されたとの事です。何とも数奇な運命を辿った洋館であります。設計者に関しては判明していないそうですが、日本人の邸宅として建てられたものですから、日本人棟梁などが外国人邸宅を真似して建てた可能性も考えられます。細部の意匠がやたらと凝っているのも、棟梁が頑張った証しなのかなとも私は考えてしまいます。

またこの洋館を現地に移築させた山手10番館の先代オーナーは、かなりのマニアな方だったそうで、門柱は新港埠頭と税関敷地を結ぶ新港橋(明治44年架設)の親柱を転用したもの。また時計台の付く謎の洋館?、山手10番館前には居留地時代の境界線石碑も移築されています。洋館だけでなく、こちらの2点の文化遺産も是非チェックしてみてください。
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こちらが新港橋の親柱。
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こちらは居留地の境界線を表す石碑。どこに設置されていたかは不明。
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by tokyo-farwest-net | 2013-03-03 03:03 | ■横浜・山手

横浜山手のフェリス女学院短大6号館別館、山手237番館・山手72番館

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◆フェリス女学院短大6号館別館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和初期
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:横浜市中区山手町68


今回は横浜山手の洋館を、三軒まとめて紹介しようと思います。
まずはベーリックホール向かいに建つ、山手68番館です。建物の由来についてはよく知りませんが、外壁をモルタルで塗り、上げ下げ窓という典型的な横浜の洋館と言った感じのスタイル。派手さはないですが、なかなか絵になる洋館です。

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◆山手237-1号館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和初期
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:横浜市中区山手町237-1

そしてこちらの洋館は、クライストチャーチの裏手にあるもの。以前は猫のミュージアムとして、外壁に猫の絵が描かれていましたが、家主が変わったようで普通の外装に戻っています。
敷地の方は道路沿いから想像するしかありませんが、南面に広いベランダが付いてるような感じの作りです。
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◆山手72番館
  ◎設計:宮内初太郎
  ◎施工:宮内建築事務所
  ◎竣工:昭和4(1929)年
  ◎構造:木造2階建て◎所在地:横浜市中区山手町72  

そしてこちらはベーリックホールの西隣に建つ洋館。十数年前まではこの手前にも同じ作りの洋館が建っていましたが、残念ながら新しい邸宅に建て替えられています。
1996年に横浜市より発行された「都市の記憶 横浜の近代建築Ⅱ」という横浜近代建築の解説書によると、設計者は宮内初太郎という人物とのこと。宮内は横浜の出身で、大正3年に東京高等工業学校(現在の東京工大)の建築科を卒業したとの事。つまり建築家・関根要太郎(1889~1959)の同級生にあたる訳です。こちらもこの時代の横浜らしい洋館ですが、関根要太郎の同級生の作品という事で何やら興味が湧いてきてしまった私であります・・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2013-03-02 11:02 | ■横浜・山手

横浜山手68番・69番・76番の洋館群

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◆横浜山手68番・69番・76番の洋館


 横浜の山手は現在市の管轄により、戦前に建てられた計7館の洋館が一般に公開されています。
 以前に比べて数こそ少なくなりましたが、その他にも山手界隈には大正末から昭和初期に建てられた洋館が数多く現存しており、現役の住宅として使われております。その中でも最大の見どころと言えば、山手68・69・76番に建つ洋館群でしょう。スパニッシュスタイルが美しいベーリックホール(昭和4年築)から、横浜雙葉高校にかけての尾根道沿いにこれらの洋館は建っていますが、どれもとても洗練されたデザインの邸宅で、一般の住宅とは分かりつつもついついシャッターを押してしまう私であります。
 山手の地は関東大震災で壊滅的な打撃を受け、それ以前の華やかさを取り戻すことは出来なかったともよく言われますが、外国人による山手の暮らしは震災後も続けられていたんだなと痛感させられる華麗な洋館の数々です。こちらの邸宅すべてが一般の住宅として使われていますので、節度を守って見学していただきたいものです・・・・。

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★山手76番館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和4(1929)年ころ
  ◎構造:木造2階建て
   ❖横浜市認定歴史的建造物
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★山手68‐D館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和7(1932)年
  ◎構造:木造2階建て
   ❖横浜市認定歴史的建造物
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★山手69番館
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:大正12(1923)年
   ◎構造:木造2階建て
    ❖横浜市認定歴史的建造物
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★山手69-8館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和初期(1926年前後)
  ◎構造:木造2階建て
   ❖横浜市認定歴史的建造物
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★山手69-10館
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:昭和4(1929)年
   ◎構造:木造2階建て
     ❖横浜市認定歴史的建造物
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★山手69-6館
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:昭和5(1930)年
   ◎構造:木造2階建て
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by tokyo-farwest-net | 2013-03-01 23:01 | ■横浜・山手

横浜山手214番館、旧スウェーデン領事館

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◆横浜山手214番館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和初期(1920年代後半)
  ◎構造:木造2階建て、地下1階:鉄筋コンクリート造
  ◎所在地:横浜市中区山手町214

先日別プログにおいて横浜山手の洋館を2軒ほど取り上げさせていただきましたが、今月はその訪問時に撮影した山手の洋館や土木遺産を紹介していこうと思います。
そういう事で最初に紹介させていただくのは、山手214番館。横浜山手と言うとその地域が広いため、地番だけを書くとどこにあるのか想像が付かないかも知れませんが、根岸線の石川町駅から地蔵坂を上りその右手を見上げるとこの洋館は建っています。 外交官の家が建つイタリア山庭園からも袴腰型の屋根は一発で目に付くと思います。そのデザイン、規模ともに山手を代表する戦前築の洋館だと私は思います。
なおこの214番館、関東大震災後に外国人の邸宅として建てられたもので、一時期はスウェーデンの領事館としても使われていたそうですが、現在は横浜共立学園の同窓会の施設として使われているようです。袴腰型の屋根は伝統的な洋風建築を伝承していますが、所々に見られるシャープなデザインは昭和初期のモダン文化の影響も感じ取れます。ちょっとその存在は知られていませんが、是非注目していただきたい横浜山手の素敵な洋館です。

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イタリア山庭園から。
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by tokyo-farwest-net | 2011-10-01 21:01 | ■横浜・山手

岩手県盛岡市の旧石井県令私邸

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◆旧石井県令私邸
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:明治19(1886)年ころ
   ◎構造:煉瓦造2階建て、地下1階
   ◎所在地:岩手県盛岡市清水町7-51
     ❖盛岡市指定保存建造物


盛岡の金融街・中ノ橋通りを南に歩くこと約数分、着いたのは清水町という場所。
ちょっと懐かしい感じのする落ち着いたこの界隈ですが、蔦に絡まった一軒の洋館が。その名は〔旧石井県令私邸〕。
何やら凄い名称の洋館でありますが、明治初期に岩手県の県令(今でいう所の県知事)だった石井省一の私邸として建てられたものだと言います。石井県令と言えばそれ以前は政府の土木局長だった人だそうで、岩手県に着任して間もなく盛岡駅と市内を繋ぐ開運橋を自費で架けるなど、当時のお役人でも並はずれた行動力を持っていた人だったようです。そして明治17年の火災で盛岡の自邸が焼けたため、新たに新築したのがこちらの邸宅。当時の地方建築ではまだ珍しかったであろう煉瓦で建てられ、その外観も本家・西欧の洋館にひけを取らぬ洗練したものになっています。なかなかの名建築であります。
なお現在この建物は、このような活用方法がされているそうです。なかなか魅力的な明治の洋館です・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2011-08-05 17:05 | ■盛岡

東京文京区の旧麻田駒之助邸

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◆旧麻田駒之助邸
  ◎設計:保岡勝也
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正10(1921)年、大正12(1923)年
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:東京都文京区西片
   ❖国登録有形文化財


先月、久しぶりに訪れたのが文京区の西片。東京の地理に詳しい人でないとピンと来ない地名かも知れませんが、東京大学の本郷キャンパスの西側にある古くからの高級住宅街です。東京の高級住宅街というと高台に位置しているものが殆どですが、この西片もその例に洩れず本郷の小高い山の上にあります。また古くからの住宅街という事もあり、町の所々に年代物の古い屋敷が残り、この町の歴史の長さを今に伝えています。
さてそのような西片にある代表的な屋敷と言うのが、この旧麻田駒之助邸です。この麻田氏、中央公論社の初代社長を務めた人物で、大正10年から12年にかけて建てられたのが冒頭の写真でご覧頂いた邸宅になります。設計は三菱の技師長を務めた経験もある建築家・保岡勝也(1877~1942)によるもの。保岡といえば川越の旧八十五銀行本店の設計などが知られますが、得意分野は住宅の設計。その現存作品がこの邸宅になる訳です。当時の日本住宅は和洋の生活スタイルをいかに融合させるかという事が主題に置かれていましたが、こちらでは和洋を分離させるという手法を用いています。無理に実験的な事をやるよりも、無難な手法でその難題を解決させたと言ったところじょうか。西片という町にピッタリの落ち着いた邸宅であります・・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2011-06-11 11:11 | ■東京・23区

千葉市ゆかりの家・いなげ、愛新覚羅溥傑仮寓

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◆愛新覚羅溥傑仮寓
  ・・・・・・清朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀の弟・溥傑の新婚の家



今年の八月、千葉稲毛の旧神谷伝兵衛別邸を見に行った道すがらに出会ったのが、こちらの和風邸宅です。
邸宅前の看板を見ると、映画〔ラストエンペラー〕でもお馴染みの清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の弟・愛新覚羅溥傑(1907~1994)と、その妻・浩(旧姓:嵯峨野、1914~1987)が昭和12年の新婚当初に暮らした家とのこと。私は妻の浩さんの著書『流転の王妃の昭和史』や、数年前に竹ノ内豊さん常盤貴子さんが主演したテレビドラマで、溥傑・浩夫妻が新婚当時千葉の稲毛で暮らしていた事は知っていましたが、その邸宅が現存していたとはこのとき初めて知りました。
皆さんもご存じのように溥傑の兄・溥儀は、日本の傀儡国家として作られた満州国の皇帝に即位。また溥傑も関東軍の政略により日本人の嵯峨野浩と昭和12年に結婚し、稲毛での約半年の暮らしののち満州国へと渡り波乱の人生を送ることになりましたが、そのような戦局が激しくなる時代など全く想像できない穏やかな家でありました。夫妻がこの家で暮らしていた頃、日中戦争が勃発するなど、日中情勢はさらに混乱を極めていくのですが、新婚当初の夫妻はこの家で日中両国の永遠の友好を望んでいたに違いありません・・・・・。

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◆愛新覚羅溥傑仮寓(千葉市ゆかりの家・いなげ)
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和初期?
  ◎構造:木造平屋
  ◎所在地:千葉市稲毛区稲毛1-16-12
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伊豆・川奈への新婚旅行から戻った私たちは、千葉の稲毛海岸に新居を構えることになりました。
稲毛を選んだのは陸軍学校に通う夫の便宜を考えてのことですが、家は稲毛駅から歩いて五分とかからない高台にあり、広い縁側に立つと、袖ヶ浦一帯の海を見渡すことができました。

  「流転の王妃の昭和史」 愛新覚羅浩著より
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夫は大の動物好きでした、そこで私は補佐役の藤井少佐にお願いし、軍用犬協会から生後一か月のエアデルテリアの子犬をいただきました。優秀な血統書つきの子犬が届くと夫は大変喜び、朝起きるとまず、子犬を連れて海岸に散歩に出かけるのが日課になりました。
  同著より
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見晴らしだけなく、陽当たりも申し分ない家でしたが、中国では椅子とテーブルの生活であることから、私は思い切って生活を様式に切り替えることにしました。六畳の離れが書斎、ペットを置いた奥の八畳が寝室、次の間が居間、応接間は十二畳、食堂は十畳という具合です。
  同著より
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稲毛の海岸は海の近くとはいえ、お魚の種類も少なく、肉も千葉市まで買い出しに行かなければならず、突然の来客があったときは大変不自由しました。それでも、渚に打ち寄せる小波のように、私たちの生活は静穏で、つましく充ち足りたものでした。
 同著より
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by tokyo-farwest-net | 2010-10-01 20:01 | ■千葉

神戸相楽園の旧小寺家厩舎

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◆旧小寺家厩舎
  ◎設計:河合浩蔵
  ◎施工:直営
  ◎竣工:明治43(1910)年頃
  ◎構造:煉瓦造り2階建て
  ◎所在地:兵庫県神戸市中央区山本通5-3-1、相楽園内
   ❖国指定重要文化財


相楽園内には旧ハッサム邸のほかに明治期竣工の近代建築がもう一棟建っています。それが今回紹介する旧小寺家厩舎で、明治40年代に建築家・河合浩蔵(1856~1934)の設計により建てられたものです。なおこの相楽園は小寺家の屋敷だった場所ですので、ハッサム邸とは違いこちらは当時よりこの場所に建っていたようです。
こちらの厩舎の設計を手掛けた河合浩蔵はドイツ留学の経験を持ち、東京霞が関の法務省庁舎の建設に携わった後、明治30年代中ごろより神戸を拠点として数多くの建築設計を手掛けています。なお現在神戸市内には何軒かの作品が現存していますが、その中の一つが旧小寺家厩舎です。また赤煉瓦を露出させた外壁に円形の塔屋や2階のハーフティンバーのデザインなど、どちらかというとドイツ風建築の味も出てますが、日本人らしい落ち着きというのですが実直さをこの建物から感じてしまいます。この直前に風見鶏の館の名称でお馴染みの旧トーマス邸(設計:デ・ラランデ)を見たのですが、同時期に竣工し同じ作風の建物でも、日本人とドイツ人が設計を手掛けるとこれだけ雰囲気が変わるのかとも感心してしまいました。神戸異人館の中ではちょっと異色な存在ですが、個人的にはとても大好きな建物です・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-07-31 09:59 | ■神戸

神戸相楽園の旧ハッサム邸

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◆旧ハッサム邸
  ◎設計:A・N・ハンセル(Alexander Nelson Hansell)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:明治35(1902)年ころ
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:兵庫県神戸市中央区山手通5-3-1、相楽園内
   ❖国指定重要文化財


前回はイギリス人建築家・ハンセル設計のシュウエケ邸・門兆鴻邸を紹介しましたが、相楽園内にある旧ハッサム邸も同じくハンセルの設計によるものです。こちらの邸宅は英国人貿易商の邸宅として北野町に建てられたものですが、昭和36年に神戸市に寄贈されその2年後にここ相楽園に移築されたとのことです。
建物自体はいかにもこの時代らしい両開き型の窓に、アジアの居留地・植民地建築によく見られるベランダを多く取ったコロニアルスタイルの造り。でも屋根を見ていただくと、そこには伝統的な和風の瓦屋根が載っていたりします。この邸宅の設計を手掛けた建築家・ハンセルは雨の多いイギリス生まれですが、そのハンセルにしてみても日本の雨風をはじめとする気候は厄介な存在だったのでしょうか、その辺りは日本の伝統技法に頼ったということになるでしょう。
なお移築前のハッサム邸は、ベランダ部分にガラス窓がはめられていた事です。

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by tokyo-farwest-net | 2010-07-30 23:59 | ■神戸