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東京文京区の旧麻田駒之助邸

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◆旧麻田駒之助邸
  ◎設計:保岡勝也
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正10(1921)年、大正12(1923)年
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:東京都文京区西片
   ❖国登録有形文化財


先月、久しぶりに訪れたのが文京区の西片。東京の地理に詳しい人でないとピンと来ない地名かも知れませんが、東京大学の本郷キャンパスの西側にある古くからの高級住宅街です。東京の高級住宅街というと高台に位置しているものが殆どですが、この西片もその例に洩れず本郷の小高い山の上にあります。また古くからの住宅街という事もあり、町の所々に年代物の古い屋敷が残り、この町の歴史の長さを今に伝えています。
さてそのような西片にある代表的な屋敷と言うのが、この旧麻田駒之助邸です。この麻田氏、中央公論社の初代社長を務めた人物で、大正10年から12年にかけて建てられたのが冒頭の写真でご覧頂いた邸宅になります。設計は三菱の技師長を務めた経験もある建築家・保岡勝也(1877~1942)によるもの。保岡といえば川越の旧八十五銀行本店の設計などが知られますが、得意分野は住宅の設計。その現存作品がこの邸宅になる訳です。当時の日本住宅は和洋の生活スタイルをいかに融合させるかという事が主題に置かれていましたが、こちらでは和洋を分離させるという手法を用いています。無理に実験的な事をやるよりも、無難な手法でその難題を解決させたと言ったところじょうか。西片という町にピッタリの落ち着いた邸宅であります・・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2011-06-11 11:11 | ■東京・23区 | Comments(0)

日本女子大学成瀬記念講堂

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◆日本女子大学成瀬記念講堂
  ◎設計:田辺淳吉
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:明治39(1906)年
  ◎構造:木造・・・・竣工時は煉瓦造り
  ◎所在地:東京都文京区目白台2-8-1
   ❖文京区指定文化財


明治39年築の成瀬記念講堂は、日本女子大学のシンボルとも言える建造物です。
設計は東京北区の飛鳥山にある晩香盧青淵文庫、世田谷区瀬田から深谷市に移築された誠之堂などの設計を手掛けた建築家の田辺淳吉(1879~1926)によるもので、当初は煉瓦造りで竣工。しかし大正12年の関東大震災で外壁が崩壊したため、その後に木造へと改築されたのが今回ご覧頂いている姿だといいます。
なお講堂内は竣工当時からの箇所が数多く残っているそうで、中世の教会風のハンマービームの架構などは時おり建築案内などで紹介されていますが、いつの日かその美しさをこの目で実際に確かめてみたいものです。大正のモダン建築文化の一頁を彩った田辺淳吉の初期作というこもあり、その内部がとても気になる作品であります。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-04 00:04 | ■東京・23区 | Comments(2)

講談社旧本館

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◆講談社旧本館(旧大日本雄辯會本社)
  ◎設計:曾禰中條建築事務所(高松政雄)
  ◎施工:大倉土木
  ◎竣工:昭和8(1933)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り
  ◎所在地:東京都文京区音羽2-12-21


文京区の音羽通りと言うと鳩山首相のご実家である旧鳩山邸(鳩山会館)がよく知られますが、もう一つ忘れていけない戦前竣工の名建築が講談社の旧本館です。歴史ある出版社らしい堂々とした佇まいのこの建物、昭和8年に曾禰中條建築事務所の設計により竣工したもの。外観は時代の変遷とともに若干の改修がされているようですが、エントランス部分は当時の面影を残しています。
またこの建物の設計を手掛けた曾禰中條事務所は戦前を代表する大建築事務所の一つでしたが、全体的な設計プランは同事務所のチーフデザイナーの一人であった高松政雄が担当したとのことです。高松は大正中期から昭和初期にかけて活躍した建築家・関根要太郎とも親交があり、個人的には以前から気になる建築家の一人であります。しかし高松担当の曾禰中條事務所設計の建物に殆ど出会っていないので、この講談社は高松担当による貴重な現存作品と言えるのではないでしょうか・・・・・?。

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by tokyo-farwest-net | 2009-12-20 19:31 | ■東京・23区 | Comments(0)