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JR総武線・両国駅舎

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◆JR両国駅
  ◎設計:鉄道省
  ◎施工:銭高組
  ◎竣工:昭和4(1929)年12月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都墨田区横網1-3-20


 東京近郊の武蔵野台地に住んでいる事もあってか、殆んど訪れる事がないのが墨田川の東側にあたる東京23区の東部地区。この日は江戸東京博物館でおこなわれる講演会に参加するため、JR総武線の両国駅で降りた訳です。両国駅と言えば何と言っても両国国技館の最寄駅として知られていますが、その駅舎もなかなか見応えのある建造物です。
 JR総武線と言えば現在は都心に乗り入れていますが、昭和初期まではこの両国駅が始発・終着駅だったとのこと。そのようなターミナル駅としての期待も込められていたのでしょうか、鉄道省によりご覧のような立派な駅舎が建設された訳です。外観としてはこの時期鉄道省により建てられた鉄筋コンクリート造の駅舎建築ですが、アーチ形の窓デザインなどのせいもあってかとても柔らかな印象も受けてしまいます。また一部の小窓は、 ドイツ表現派を連想させる洒落たものも。当時の鉄道省の職員は、当時の流行りをどうしても入れたかったのですかね・・・・。また現在は使われていない臨時ホームを含め、駅舎もホームも昭和初めの鉄道の時代を偲べるなかなか見どころの多い作品でした。

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by tokyo-farwest-net | 2014-05-24 06:24 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京都復興記念館、旧防災資料展示場

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◆東京都復興記念館、旧防災資料展示場
  ◎設計:伊東忠太、佐野利器
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和6(1931)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都墨田区横網2-3-25
   ❖東京選定歴史的建造物


先に紹介した東京都慰霊堂が建つ横網公園内にあるのが、この東京都復興記念館。こちらの建物は慰霊堂竣工の翌年に建てられたもので、当初は関東大震災後の復興展示を主におこなっていましたが、慰霊堂が戦災犠牲者を合祀するようになったのに伴い、一部戦災被害の展示もおこなうようになったといいます。
そして復興記念館の設計も建築家・伊東忠太が担当。外観は大正末から国内で流行していたスクラッチタイル張り、また一部の窓枠にはフランク・ロイド・ライト的な幾何学模様のデザインが用いられるなど、この当時のモダン建築のエッセンスを十分に吸収したものになっています。しかし2階の東洋的な屋根瓦とそれを支える軒下の持ち送り、そして正面玄関上の三角形のオーダー上に置かれている動物のモニュメントなどは、いかにも伊東忠太らしい味を醸し出しています。慰霊堂とはまた違う輝きを見せる伊東忠太らしい建築作品と言えるのではないでしょうか。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-02 00:02 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京都慰霊堂、旧震災記念堂

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◆東京都慰霊堂、旧震災記念堂
  ◎設計:伊東忠太、佐野利器
  ◎施工:戸田組
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造
  ◎所在地:東京都墨田区横網2-3-25
   ❖東京都選定歴史的建造物


JR総武線両国駅北の横網町内に建つのが、今回紹介する東京都慰霊堂です。この建物は昭和5年に大正12年9月に起きた関東大震災の犠牲者の霊を弔う〔震災記念堂〕として建てられたものですが、昭和26年には太平洋戦争の被害者の霊も合弔し、東京都慰霊堂と名称を改称し現在に至っています。
また鉄筋コンクリート造の慰霊堂は寺社建築によく見られる純和風のデザインになっていますが、どことなくそれらの物とはちょっと違った雰囲気が漂います。それもその筈、この慰霊堂は築地本願寺、明治神宮、平安神宮などの設計を手掛けた建築家の伊東忠太(1867~1954)がデザインを手掛けたからです。伊東忠太といえば明治中期に中国やインドの寺院建築の実地調査をおこない、その調査の影響もあったのでしょうか自らの設計作品では東洋趣味の影響が見られるアクの強い設計作品を残しています。この慰霊堂もその中の一つではないかとも思います。慰霊堂の西側に建つ三重塔や建物各所にいる動物のモニュメントなど、建物各所には伊東忠太らしい持ち味が十分に発揮されているので、そちらもじっくり観察していただくとこの建物の摩訶不思議さを更に実感していただけるかも知れません・・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-01 23:01 | ■東京・23区 | Comments(0)