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東京東久留米市の村野家住宅(顧想園)

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◆村野家住宅(顧想園)
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:天保9(1837)年・・・・・母屋、明治後期(1900年ころ)・・・・・離れ
  ◎増築:安政4(1857)年
  ◎改修:大正15(1926)年、昭和25(1950)年、昭和40(1965)年
  ◎構造:木造平屋
  ◎所在地:東京都東久留米市柳窪4-283
    ❖国登録有形文化財


昨年の秋、久しぶりに生まれ故郷の東京多摩北部を訪ねました。玉川上水の分流の一つ、野火止用水(伊豆殿堀)や黒目川が流れるこの一帯、古き良き武蔵野の風情があちらこちらに残る長閑な場所であります。その中でも武蔵野らしさが残る一帯は、東久留米市の柳窪でしょう。黒目川の源流そばにある柳窪天神社をはじめ、この一帯は緑豊かな深い森が広がっています。その森の真ん中にあるのが、今回取り上げる村野家住宅です。この村野家は地元を代表する豪農の家だったそうで、このような立派な屋敷が今も残っています。
この時は一般公開がおこなわれることを知り、久々にこの地を訪れましたが、予想以上に美しい屋敷と庭は感動の一言でした。この村野家は黒目川のほとりに居を構えいますが、湧水の量が一定しない武蔵野台地の中央でこのような豪農が川沿いに居を構えているのはとても珍しいことだと思います。恐らく一年を通じて湧き出す黒目川の水が、この家の繁栄を支えたのでしょう。幾つもの世紀を生き抜いてきたケヤキの大木に茅葺の屋敷、なかなか絵になる構図でした。是非とも後世に残して欲しい武蔵野の宝であります。

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立派な表門。子供のころからこの存在感は印象に残るものでした・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2016-01-01 08:01 | ■東京・多摩地域 | Comments(0)

北九州市門司区の料亭三宜楼

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◆料亭三宜楼
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和6(1931)年
  ◎構造:木造3階建て
  ◎所在地:福岡県北九州市門司区清滝3-6-8


先週末をもって、別ブログでは北九州下関の建築探訪記を終了しましたが、こちらではそちらで紹介しきれなかった素敵な建造物を、引き続き取り上げてい行きたいと思います。
まずこちらの和風建築は、門司港レトロ建築の高台にあたる清滝に建つ、かつて料亭だった建物です。貿易港として繁栄を極めた門司港でしたが、高台にあたる清滝界隈には、商売がらみの料亭が多くあったそうですが、この三宜楼(さんきろう)は、それらの数少ない生き残りとも言える作品です。

昭和6年に建てられたという三宜楼、当時の九州にあった料亭の中でも大規模なものだったそうです。しかし関門鉄道トンネルの開通後は、少しずつ門司港の町も衰退していったようで、昭和30年代には店は閉鎖。また今から十年前には建物と土地が売りに出され、建物存続の危機に瀕したといいます。しかし地元有志の方々の活動により、多くの募金と署名が集まり、建物の保存・再活用が決定。そして修繕工事がおこなわれ、平成26(2014)年より一般公開が始まりました。
この時は残念ながら、時間切れで内部を見学できませんでしたが、 豪華絢爛な空間が広がっているとの事。次回、門司港へ訪れるときには是非こちらを見学したいなと思ってしまった、風格ある和風建築でした。

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by tokyo-farwest-net | 2015-08-28 23:28 | ■北九州・門司 | Comments(0)

江戸東京たてもの園・旧三井八郎右衛門邸

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◆旧三井八郎右衛門邸
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:昭和27(1952)年
   ◎構造:木造2階建て
   ◎所在地:東京都小金井市桜町3-7-1(都立小金井公園内)
   ◎旧所在地:東京都港区西麻布三丁目


このところ本ブログの方では、江戸東京たてもの園に移築された旧北尾次郎邸(江戸東京たてもの園ではデ・ラランデ邸という名称)ばかり紹介しています。たてもの園へは月に1~2度kペースで訪れていますが、時間に余裕があるなら、その都度他の建造物を見学していたりもします。そういう事で以前の訪問時撮影したのが、旧北尾次郎邸(デ・ラランデ邸)の向かいに建つこの和風邸宅です。三井財閥の11代当主・三井八郎右衛門邸の屋敷として、昭和27年に建てられたものです。
三井家の東京邸は戦災で焼失、三井家と縁の深い土地である麻布の笄町(現在の港区西麻布)に建てられたのがこの邸宅ですが、三井家の歴史と伝統を重んじたような重厚な作りになっています。但し昭和の作という事もあり、もの凄くモダンなキッチンルームや和室の全体的な構成などに洋風文化を十二分に吸収し、和風建築に適応した形跡が色濃く見れるのが、この屋敷最大の見どころと言えるでしょう。財閥解体後の作という事もあり、かなり質素な感じもしますが、三井家で長年培われてきた美的センスの良さが伺える素晴らしい作品だと私は考えます。

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by tokyo-farwest-net | 2013-06-01 12:01 | ■東京・多摩地域 | Comments(0)

江戸東京たてもの園・ビジターセンター(旧光華殿)

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◆江戸東京たてもの園・ビジターセンター、旧光華殿
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和15(1940)年
  ◎構造:木造平屋、一部鉄骨補強
  ◎所在地:東京都小金井市桜町3-7-1(都立小金井公園内)


このところ別ブログでは、本日(4月20日)江戸東京たてもの園に移築オープンしたデ・ラランデ邸(正確には旧北尾次郎邸、明治25年築)ばかり取り上げていますが、そのビジターセンターとして使われているのが、この和風の建物です。
江戸東京たてもの園や小金井公園に訪れた方なら必ず目にするビジターセンターですが、この建物は昭和15年に紀元二千六百年記念式典のための仮設式殿として皇居内に建てられたものだと言います。またその翌年に小金井公園に移築されたとの事です。そのような用途もあってか建物のデザインは、とても立派な和風様式。戦時下に向かいつつある時代背景を象徴するような、出来栄えになっています。
また戦後は小金井公園の一般公開がおこなわれ、昭和29年から武蔵野郷土館がオープン。それに際し、この建物は郷土館の資料室として長らく使われていました。江戸東京たてもの園の開園に伴い大改修が行われましたが、私の子供の頃は館内には土器などの考古学の展示がされ、朽ちかけた凄くおどろおどろしい建物だった事を記憶しております。
その使用用途は変わっても、現在地に移築されて約75年、小金井公園の顔とも言える建物だと私は考えます。忘れられがちな作品ではありますが、同園を訪れた際にはこの歴史的建造物にも是非注目していただきたいものです・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2013-04-20 19:20 | ■東京・多摩地域 | Comments(0)

江戸東京たてもの園・旧万徳旅館

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◆旧万徳旅館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:江戸期末~明治初期(1850~1860年代)
  ◎構造:木造2階建て
  ◎所在地:東京都小金井市桜町3-7-1・小金井公園内
  ◎旧所在地:東京都青梅市西分町


先月別ブログにおいて、江戸東京たてもの園に移築されている常盤台写真場建築家・前川國男の自邸を紹介させていただきましたが、その時に撮影したのがこの万徳旅館です。江戸東京たてもの園の移築復原事業は暫くの間ストップしていましたが、近年になり三軒の歴史的建造物の復原が決定しまして、完成したのがこの万徳旅館という訳です。
移築前は東京都青梅市の青梅街道沿いに建っていたものだといいます。見た目は地味な感じもしますが、東京(江戸)と山梨(甲州)を結ぶ主要道であった青梅街道に建ち、長年行商人や御岳山詣での人々の宿となってきた貴重な建造物です。室内は一階天井の太い梁が、この建物の重厚さと歴史を物語ります。また室内の立ち入りは出来ませんが、2階の大部屋の客室など旅籠と言った感じの作りになっています。新しい移築建造物という割には注目度が低いのが残念ですが、昔日の生活を偲ぶことのできる意義ある移築物件だと私は思いました。
なおこのような昔旅籠だった建物を実際に味わいたいという方には、埼玉県秩父に現存する秩父館(ほっとすぽっと秩父館)へ訪問して頂くことをお勧めします。

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by tokyo-farwest-net | 2012-12-15 19:15 | ■東京・多摩地域 | Comments(0)

東京清澄庭園の涼亭

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◆清澄庭園の涼亭
  ◎設計:保岡勝也
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:明治42(1909)年
  ◎構造:木造平屋
  ◎所在地:東京都江東区清澄3-3-9(清澄庭園内)
   ❖東京都選定歴史的建造物


今年は4月になっても真冬のような陽気が続いていますが、先週のポカポカ陽気の日に訪れたのが東京江東区の清澄庭園でした。
清澄庭園というと、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷だったと言われる場所で、その後下総国・関宿の城主久世大和守の下屋敷として使われていた土地を、明治に入り三菱の創始者である岩崎弥太郎が買収し造成したのがこの庭園の始まりだと言います。

また関東大震災後にこの庭園は東京市に寄贈され一般に公開されるようになりましたが、岩崎家が所有していた頃の遺構の一つが今回紹介する涼亭です。
明治42年に国賓として来日したイギリスのキッチナー元帥を迎えるために岩崎家が建てられたものだそうで、設計は当時三菱の建築事務所の所長だった保岡勝也(1877~1942)が担当したと言われています。保岡の設計作品というと川越の旧八十五銀行本店旧山吉デパートなど、三菱の建築事務所を退社した後の作品が現存していますが、三菱の建築事務所に在籍していた明治期の現存する作品はこの涼亭のみのようです。池にせり出した数寄屋造りの涼亭は、庭園全体を見渡せる絶好の場所に建っており、この庭園のシンボル的な存在であります。機会があれば亭内からの景色も楽しみたいなとも思った今回の訪問でした・・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2010-04-16 16:16 | ■東京・23区 | Comments(1)

横浜三渓園・聴秋閣

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◆三渓園の聴秋閣
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:江戸時代初頭(1600年代?)
  ◎構造:木造
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1・三渓園内
   ❖国指定重要文化財


先に三渓園の臨春閣を紹介しましたが、個人的に三渓園にある建物のなかでお気に入りなのが、この聴秋閣。この時の横浜の建物探索時は、三渓園は探訪コースに入れていなかったのですが、途中で聴秋閣が特別公開されていることをチラシで知り、急遽立ち寄った訳です。
この建物は、徳川三代将軍家光が佐久間将監に命じて建てさせたという御茶屋だとのこと。茶室に続いてある一階次の間の造形や小川のせせらぎを建物横に通すなど、地形と共存した造りも面白いですし、どの角度から見ても様々な表情を見せる外観の意匠もユニークだと思います。
和風建築には疎い私ですが、三渓園というとこの聴秋閣を思い出してしまいます。秋の名が名づけられていますが、どの季節にでも絵になる名建築です。

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by tokyo-farwest-net | 2009-06-19 00:06 | ■横浜・本牧根岸 | Comments(0)

横浜三渓園・臨春閣

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◆三渓園の臨春閣
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:慶安2(1649)年
  ◎構造:木造
  ◎所在地:神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1・三渓園内
   ❖国指定重要文化財


以前の記事で横浜・本牧に残る近代建築を紹介してきましたが、やはり三渓園は素通りすることはできません。
この三渓園は、生糸貿易で財を成した実業家・原三渓が、自邸の庭園を公開したことが始まりというのはよく知られていますが、江戸から明治への時代の変遷に伴い不用になりつつあった建物を引き取ったという事においても、近代文化財保護の魁とも言うべき存在ではないかと思います。
そして三渓園の顔とも言うべき存在が、この臨春閣でしょう。もとは紀州徳川家の別荘にあったものを大正6(1917)年に移築したというもの。冒頭の写真では全てが納まっていませんが、第一屋から三屋までの3層になっている建物です。また正面玄関へと続く参道をはじめ、室内の襖絵など和風建築ならではの優雅さを漂わせています。
今回はプログタイトルから外れてしましたが、横浜が誇る名建築を紹介させていただきました。

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by tokyo-farwest-net | 2009-06-18 23:18 | ■横浜・本牧根岸 | Comments(0)