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東京清澄の旧東京市営店舗向住宅

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◆旧東京市営店舗向住宅
  ◎設計:東京市
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和3(1928)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都江東区清澄3


先日別プログにて、昨年深川東京モダン館としてリニューアルオープンした旧東京市深川食堂(江東区、昭和7年築)を紹介させていただきました。
この旧東京市深川食堂は関東大震災後の復興事業の一環として建てられたものですが、この他にも江東区内には関東大震災後の復興事業の一環として建てられた興味深い建造物が現存しています。それが清澄公園の東側、清澄通り沿いに建つ旧東京市営店舗向住宅です。
一見すると、よく町中に建っていそうなちよっと古めの商店建築だと思われるかも知れませんが、その歴史はかなり古く昭和3年に建てられたもの。つまり今から82年前に竣工した町の生きる文化財とも言える存在な訳です。また関東大震災後の復興建築ということもあり、鉄筋コンクリートにて施工されています。
なお冒頭でご覧頂いた写真は北側から撮影したものですが、六軒ワンセットの商店群が清澄公園脇に5棟並んでいます。その長さは約200メートル。今回ご覧頂いている写真を撮影しながら、この前を往復しましたが、その長さはかなりのものでした。

清澄の旧東京市営店舗向住宅のような鉄筋コンクリート製の商店建築を連続して建てるというプロジェクトは、函館の銀座通りの防火建築帯(大正10年~12年)という前例はありましたが、より計画的に造られたのはこの清澄の鉄筋コンクリート商店群が初めての例だったのではないかと考えられます。
時代の変遷とともに外壁が改修されたり、屋上を増築したもの商店が殆どですが、建物の角には竣工当初からのアールデコ調の装飾も残されており、この建物が建てられた当時の煌びやかさが偲ばれます。ごく当たり前に日常の暮らしの中に生き続けている築82年のレトロ建築、もっと評価されていい筈です・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-19 20:19 | ■東京・23区

東京清澄庭園の涼亭

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◆清澄庭園の涼亭
  ◎設計:保岡勝也
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:明治42(1909)年
  ◎構造:木造平屋
  ◎所在地:東京都江東区清澄3-3-9(清澄庭園内)
   ❖東京都選定歴史的建造物


今年は4月になっても真冬のような陽気が続いていますが、先週のポカポカ陽気の日に訪れたのが東京江東区の清澄庭園でした。
清澄庭園というと、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷だったと言われる場所で、その後下総国・関宿の城主久世大和守の下屋敷として使われていた土地を、明治に入り三菱の創始者である岩崎弥太郎が買収し造成したのがこの庭園の始まりだと言います。

また関東大震災後にこの庭園は東京市に寄贈され一般に公開されるようになりましたが、岩崎家が所有していた頃の遺構の一つが今回紹介する涼亭です。
明治42年に国賓として来日したイギリスのキッチナー元帥を迎えるために岩崎家が建てられたものだそうで、設計は当時三菱の建築事務所の所長だった保岡勝也(1877~1942)が担当したと言われています。保岡の設計作品というと川越の旧八十五銀行本店旧山吉デパートなど、三菱の建築事務所を退社した後の作品が現存していますが、三菱の建築事務所に在籍していた明治期の現存する作品はこの涼亭のみのようです。池にせり出した数寄屋造りの涼亭は、庭園全体を見渡せる絶好の場所に建っており、この庭園のシンボル的な存在であります。機会があれば亭内からの景色も楽しみたいなとも思った今回の訪問でした・・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2010-04-16 16:16 | ■東京・23区

東京都江東区の御船橋

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◆御船橋(大島川西支川)
  ◎設計:東京市
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和3(1928)年3月
  ◎構造:3径間鋼鉄ガーター橋
  ◎所在地:東京都江東区佐賀1丁目~福住1丁目


今回は久々に東京下町に残るレトロな橋梁を紹介したいと思います。
この御船橋(みふねはし)は、東京メトロ東西線の門前仲町駅より徒歩数分の大島川西支川に架かる橋で、昭和3年に竣工したものです。
個人的には御船橋より東数10メートルの場所に建築家・関根要太郎(1889~1959)の設計作品である村林ビル(昭和3年築)があることもあり、時折ここ界隈を歩くことがあったのですが、最近になりこの橋の素晴らしさに気付いた訳です。よく見ないとただ通り過ぎてしまいそうな地味な橋ですが、橋の親柱には昭和初期に流行していたアールデコ調のゴツゴツした装飾、また欄干の部分にはシンプルな図柄ではありますがその親柱と対になったような、ちょっと洒落た装飾も施されています。
ちなみにこの界隈、大規模な工場やオフィスビルも建っていますが、下町風情溢れる町屋もチラホラと残る一帯。そのような在りし日の東京を想像してしまう洒落た橋であります。なおこの上流に架かる緑橋との姿もなかなか絵になっています。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-15 20:15 | ■東京・23区

日本女子大学成瀬記念講堂

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◆日本女子大学成瀬記念講堂
  ◎設計:田辺淳吉
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:明治39(1906)年
  ◎構造:木造・・・・竣工時は煉瓦造り
  ◎所在地:東京都文京区目白台2-8-1
   ❖文京区指定文化財


明治39年築の成瀬記念講堂は、日本女子大学のシンボルとも言える建造物です。
設計は東京北区の飛鳥山にある晩香盧青淵文庫、世田谷区瀬田から深谷市に移築された誠之堂などの設計を手掛けた建築家の田辺淳吉(1879~1926)によるもので、当初は煉瓦造りで竣工。しかし大正12年の関東大震災で外壁が崩壊したため、その後に木造へと改築されたのが今回ご覧頂いている姿だといいます。
なお講堂内は竣工当時からの箇所が数多く残っているそうで、中世の教会風のハンマービームの架構などは時おり建築案内などで紹介されていますが、いつの日かその美しさをこの目で実際に確かめてみたいものです。大正のモダン建築文化の一頁を彩った田辺淳吉の初期作というこもあり、その内部がとても気になる作品であります。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-04 00:04 | ■東京・23区

同潤会上野下アパート

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◆同潤会上野下アパート
  ◎設計:同潤会
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和4(1929)年3月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都台東区東上野5-4-3


この同潤会アパートメントは、地下鉄銀座線の稲荷町駅のすぐそばにあるものです。
同潤会は関東大震災後の住宅供給を目的に東京・横浜に10数箇所のアパートを建てましたが、この上野下アパートはその中で現存する数少ない作品であります。同潤会アパートというと解体時に話題になった江戸川橋や青山などの大規模施設を想像してしまいますが、この上野下アパートは鉄筋コンクリート造4階建ての棟が二つだけの小規模なものです。外観を見る限りでは築80年を過ぎたとは思えないほど、メンテナンスが行き届いているのも驚きであります。このアパートが竣工したのは日本初の地下鉄が上野・浅草間に開通した約1年半後、その駅を下車してすぐの場所に建つ上野下アパートは当時の人々にとっては高根の花だったに違いありません。
現在も一般の方が住まわれているので迷惑にならない程度に見学していただきたい、昭和戦前のモダン東京の雰囲気を今に伝える貴重な遺産であります・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-03 18:03 | ■東京・23区

東京都復興記念館、旧防災資料展示場

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◆東京都復興記念館、旧防災資料展示場
  ◎設計:伊東忠太、佐野利器
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和6(1931)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都墨田区横網2-3-25
   ❖東京選定歴史的建造物


先に紹介した東京都慰霊堂が建つ横網公園内にあるのが、この東京都復興記念館。こちらの建物は慰霊堂竣工の翌年に建てられたもので、当初は関東大震災後の復興展示を主におこなっていましたが、慰霊堂が戦災犠牲者を合祀するようになったのに伴い、一部戦災被害の展示もおこなうようになったといいます。
そして復興記念館の設計も建築家・伊東忠太が担当。外観は大正末から国内で流行していたスクラッチタイル張り、また一部の窓枠にはフランク・ロイド・ライト的な幾何学模様のデザインが用いられるなど、この当時のモダン建築のエッセンスを十分に吸収したものになっています。しかし2階の東洋的な屋根瓦とそれを支える軒下の持ち送り、そして正面玄関上の三角形のオーダー上に置かれている動物のモニュメントなどは、いかにも伊東忠太らしい味を醸し出しています。慰霊堂とはまた違う輝きを見せる伊東忠太らしい建築作品と言えるのではないでしょうか。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-02 00:02 | ■東京・23区

東京都慰霊堂、旧震災記念堂

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◆東京都慰霊堂、旧震災記念堂
  ◎設計:伊東忠太、佐野利器
  ◎施工:戸田組
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造
  ◎所在地:東京都墨田区横網2-3-25
   ❖東京都選定歴史的建造物


JR総武線両国駅北の横網町内に建つのが、今回紹介する東京都慰霊堂です。この建物は昭和5年に大正12年9月に起きた関東大震災の犠牲者の霊を弔う〔震災記念堂〕として建てられたものですが、昭和26年には太平洋戦争の被害者の霊も合弔し、東京都慰霊堂と名称を改称し現在に至っています。
また鉄筋コンクリート造の慰霊堂は寺社建築によく見られる純和風のデザインになっていますが、どことなくそれらの物とはちょっと違った雰囲気が漂います。それもその筈、この慰霊堂は築地本願寺、明治神宮、平安神宮などの設計を手掛けた建築家の伊東忠太(1867~1954)がデザインを手掛けたからです。伊東忠太といえば明治中期に中国やインドの寺院建築の実地調査をおこない、その調査の影響もあったのでしょうか自らの設計作品では東洋趣味の影響が見られるアクの強い設計作品を残しています。この慰霊堂もその中の一つではないかとも思います。慰霊堂の西側に建つ三重塔や建物各所にいる動物のモニュメントなど、建物各所には伊東忠太らしい持ち味が十分に発揮されているので、そちらもじっくり観察していただくとこの建物の摩訶不思議さを更に実感していただけるかも知れません・・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-01 23:01 | ■東京・23区