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東京日本橋の近三ビル(旧森五商店)

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◆近三ビル(旧森五商店)
  ◎設計:村野藤吾
  ◎施工:竹中工務店
  ◎竣工:昭和6(1931)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り8階建て(竣工時は7階建て)
  ◎所在地:東京都中央区日本橋室町4-1-21 
    ❖東京都選定歴史的建造物


東京日本橋の数多く残る近代建築で、忘れてはいけない存在がこの近三ビル(旧森五商店)でしょう。
昭和6年に竣工した茶タイルのこのビルは、日本橋に鎮座する日銀本店、三井本館、三越などの装飾性豊かな建物に比べますとまったく装飾もなく、もしかしたら興味をひかないという方もいらっしゃるかも知れません。設計は昭和の日本建築界をリードした建築家・村野藤吾(1891~1984)。村野は建築家・渡辺節の事務所に在籍したあと独立、そのデビュー作にあたるのがこの旧森五商店だといいます。

またこのビルの魅力は、その簡素さ。このころ日本に滞在していたドイツ人建築家:ブルーノ・タウトは雑誌『婦人の友』の企画〔ブルーノ・タウト氏と東京を歩く〕のなかで、この森五商店について「日本の伝統と現代的価値との驚くべき融合」と感想を述べています。つまり西欧のモダニズムの形を通してはいますが、日本人が兼ね備えた美を村野はこのビルに体現させたということをタウトは絶賛したのではないかと私は考えます。余分な贅肉を削ぎ落とし出来たのが、この簡素な美しいビルです。
近代建築というと古典的な装飾が施されたものに注目が集まりがちですが、西欧のモダニズムとはまた異なったこのビルにこそ、日本人が忘れかけた美が宿っているのではないかと思います。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-26 06:06 | ■東京・23区 | Comments(2)

東京・日本橋富沢町のハリオグラスビル

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◆日本橋富沢町のハリオグラスビル(旧常盤銀行富沢町支店)
   ◎設計:不詳
   ◎施工:不詳
   ◎竣工:昭和7(1932)年ころ
   ◎構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
   ◎所在地:東京都中央区日本橋富沢町9-3
    ❖国指定登録有形文化財


この重厚なビルディングは、地下鉄人形町より徒歩数分の場所にあるもの。現在はガラスメーカーの社屋として使われていますが、もとは常盤銀行の支店だったといいます。今から数年前にはじめてこの建物を見た時は、その存在感に圧倒されました。その外観は見事なまでに古典主義建築の様式が貫かれており、建物自体は戦前築の銀行店舗では中規模なものに入りますが、その徹底的なまでな様式建築の再現は、見るものをおのずと引き込んでしまいます。
設計は戦前の日本を代表する設計事務所〔曾禰中條建築事務所〕の作と紹介している書籍もありますが、詳細は不明のようです。
しかし竣工当時そのままの外観を保っているのは一種の驚きであります。現在の所有者の英断があってこそ、このような貴重な建物が残されるのたせなと思わずにいられない建物です。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-25 04:32 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京・日本橋本石町の区立常盤小学校

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◆東京都中央区立常盤小学校
  ◎設計:東京市
  ◎施工:大林組
  ◎竣工:昭和4(1929)年5月10日
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋本石町4-4-26  
    ❖東京都選定歴史的建造物


前回の阪本小学校に引き続き、日本橋界隈に残る戦前築の小学校を紹介させていただきます。この常盤小はJR線に乗ると、ほんの一瞬ですが校舎の一部分が見えますし、日本橋の三越や日銀本店から近いこともあり、建物に馴染みがあるという方も多くいらっしゃるかも知れません。こちらも関東大震災後の復興事業で建てられた鉄筋コンクリート製校舎で、昭和4年に竣工したものです。いわゆる〔復興小学校〕の一つであります。
また南側に広いグラウンドがとられた学校は、都心とは思えないほど解放的ですし、昭和初期に流行していた〔ドイツ表現派〕のデザインをさりげなく取り入れた校舎もとても洒落ています。また当時の復興小学校は個性的なデザインの物が数多くありますが、この常盤小学校も代表的なものとしてあげられると思います。
なお、ここから徒歩数分の場所には同時期に建てられた旧十思小学校が現存するなど、東京中央区では戦前築の小学校建築が積極的に保存活用されています。この常盤小いかにも日本橋らしい品格漂う建物であります。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-24 23:45 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京・日本橋兜町の区立阪本小学校

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◆東京都中央区立阪本小学校
  ◎設計:東京市
  ◎施工:大倉土木
  ◎竣工:昭和3(1928)年3月15日
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋兜町15-18


今回紹介する区立阪本小学校は、昭和3年に建てられた歴史ある学校建築。日本橋兜町の首都高沿いにひっそりと建っている風格漂う建物です。
既に 別プログで何軒か紹介してきましたが、大正12(1923)年の関東大震災後に東京市内では都市復興計画事業の一環として、市内各所に数多くの鉄筋コンクリート製が建てられた、いわゆる〔復興小学校〕の一つです。なお都内各所には阪本小と同時期に建設された校舎が現存しており、中央区内ではこの他に泰明、明石中央(旧鉄砲洲)明正 、京華、城東、十思常盤の各小学校が現役の校舎、または区の施設として大切に使われています。

また戦前築のコンクリート校舎という事で、何か冷たいという印象を抱いた方もいらっしゃるかも知れませんが、どの校舎も個性的なデザインが施され、とても機能的な設計がされていることも特徴としてあげられます。なお、関東大震災後におこなわれた復興事業では、鉄筋コンクリート校舎の建設と同時に隣接した場所に災害時の緊急避難場所として公園を設置。この阪本小の隣にも、坂本町公園という小公園が広がっています。また阪本小の前を走る首都高はかっては川があった訳ですから、とても素晴らしい教育環境だったのではないかと思います。
21世紀の東京は、新しいものばかりに注目が集まってしまいがちですが、今から八十数年前の人達が作り上げた都市計画の上に成り立っています。阪本小をはじめとした数々の復興小学校も、東京の誇るべき文化遺産の一つとしてもっと多くの人に知られて欲しいものです。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-23 23:23 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京築地の聖路加国際病院旧棟

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◆聖路加国際病院旧棟
  ◎設計:A・レーモンド、J・V・W・パーカミニー
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:昭和8(1933)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り7階建て
  ◎所在地:東京都中央区明石9-1
   ❖東京都選定歴史的建造物


今月は東京日本橋界隈の近代建築を紹介していますが、今回だけ同じ中央区内にあるこの建物を紹介させてください。
その建物とは、築地(厳密にいえば明石町)にある聖路加国際病院、昭和8年に竣工した塔の美しい病院の旧棟です。この病院は、戦前戦後を通し日本で活躍したチェコ出身の建築家:アントニン・レーモンドが基本設計をなし、その後バーカミニーがそれを引き継ぎ竣工させたと言われています。なお竣工当時は搭が付いた中央棟部分の左右に病棟がありましたが、十数年前に新たな病棟に建て替えられ、現在の姿になったようです。なおこの1階には、有名な聖路加病院のチャペルが置かれています。
正面はアールデコ調のモダンな雰囲気を漂わせていますが、裏手にまわると中世ゴシック風のスタイルという、伝統とモダニズムの融合したデザインが印象的です。またこの周辺を歩くと、遠くからでも聖路加の塔を見つけることができます。この界隈で暮らす人たちにとっては、昔から街の象徴だったのではないかと聖路加の塔を見て思ってしまいました。この聖路加病院は東京が誇る美しい建物の一つといえるのではないでしょうか・・・・?。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-18 11:52 | ■東京・23区 | Comments(0)

日本橋の三菱倉庫

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◆三菱倉庫ビル(旧三菱倉庫・江戸橋ビル)
  ◎設計:三菱倉庫株式会社
  ◎施工:竹中工務店
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り6階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋1-19
    ❖東京都選定歴史的建造物


この三菱倉庫、日本橋の次に架かる江戸橋にある昭和5年築の倉庫と事務所の複合式ビルディング。
昭和初期の表現派的なモダンデザインが用いられたこのビル、銀座線が地下を通る中央通りや中央通りからもちらりと見えますし、首都高や昭和通りからでもよく目につく美しい建物です。
三菱倉庫は、江戸橋ジャンクションや昭和通りが交差する東京でも騒々しい場所にありますが、時代の変化や喧騒に惑わされないような堂々な佇まい。搭屋のデザインもあってか、このビルをいつも見るたびに大海原に浮かぶ巨大客船をも想像してしまいます。
現代の建築にはない独創性と、時代の変化に翻弄されない力強さを持っている東京を代表する近代建築の傑作といえるでしょう。日本橋から歩いて2~3分の距離ですので、機会があれば是非とも訪れてほしい素敵な建物です。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-15 00:15 | ■東京・23区 | Comments(0)

日本橋兜町の日証館

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◆日本橋兜町の日証館
  ◎竣工:横河工務所
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:昭和3(1928)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り8階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋兜町1-10


この日証館も日本橋兜町に残る戦前築の建物で、昭和3年に建築家・横河民輔(1864~1945)率いる横河工務所の設計により竣工したもの。
現在は首都高が通っており今一つ分かりにくいのですが、日本橋川側から見ると川に面して屏風を広げたような独特の形をしています。また川に面した部分も手抜きのないデザインになっているのは、水運都市として発展を遂げてきた日本橋らしい建物だといえるでしょう。このとき橋を渡って対岸の公園から撮影を試みたのですが、首都高の橋脚が邪魔だったのと逆光のため泣く泣く撮影を断念したため、道路側の写真だけになってしまいました。

またこの建物の設計を手掛けた横河工務所は、日本橋三越、丸の内の日本工業倶楽部などを手掛けた戦前を代表する建築事務所。そして横河工務所の代表作の一つが、日証館の向いに建つ東京証券取引所(昭和6年築、現存せず)と言われています。残念ながら私も現物を見たことはありませんが、日本橋兜町に横河がどのような建築空間を作り上げあげたかったのかは、日証館を見ると何となく想像できるような気がします。
見た目は地味ですが、日証館なかなか奥の深い建物といえるのでしょうか・・・・・?。


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by tokyo-farwest-net | 2009-04-14 23:23 | ■東京・23区 | Comments(0)

日本橋兜町の山二証券

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◆山二証券本店(旧片岡證券)
  ◎設計:西村好時
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:昭和11(1936)年6月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋兜町4-1

前2回は中央通りに残る日本橋の近代建築を紹介しましたが、今回からはそちらより東にある兜町・江戸橋界隈の近代建築を取り上げたいと思います。
そういう事で最初に紹介するのは、東京証券取引所の裏手にある山二証券の本店。建築家・西村好時(1886~1961)の設計により昭和11年に、片岡證券の本店として竣工したものです。なお大正末の竣工と紹介されることも多いですが、昭和25年に出版された西村の作品集によると昭和11年竣工と紹介されていますので、こちらの竣工年でほぼ間違いないと思います。

西村は、大正期から昭和戦前まで第一銀行の店舗営繕をはじめ、数々の銀行建築の設計を手掛けた建築家。正確な数までは把握できないのですが、戦前の建築家では不動貯金銀行の店舗営繕を主に手掛けた建築家・関根要太郎(1889~1959)と並び多くの銀行店舗の設計を手掛けた建築家であります。関根はモダンデザインの作風を銀行建築に持ち込んだ人物でしたが、西村は戦前銀行建築の定番とも言うべき西欧古典建築を自在に操った人物として知られます。またこの山二証券、西村作品の中ではスパニッシュ風の要素が入った異色の作品ですが、浮かれることがなく堅実に纏め上げたデザインは、銀行建築家と名をはせた西村らしい出来栄えといえるでしょう。

なおこの建物の裏手は、明治のはじめ渋沢栄一が第一銀行を出店させた日本の銀行発祥の地。第一銀行と深い繋がりのあった西村の作品が、この地で残っているのも運命めいたものを感じてしまいます。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-13 22:22 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京日本橋の高島屋

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◆高島屋日本橋店(旧日本生命館)
  ◎設計:高橋貞太郎、前田健二郎
  ◎施工:大林組
  ◎竣工:昭和8(1933)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り7階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋2-4-1
   ❖東京都選定歴史的建造物

  
前回の野村證券に引き続き、本日も日本橋界隈に残る近代建築の紹介です。今回取り上げさせていただく高島屋日本橋店は、日本橋から中央通りを銀座方面にすすんだところにある、昭和8年築のレトロ建築。日本橋を代表する名建築のひとつといえるものです。

ルネサンス風の豪華絢爛なこのデパート設計は、建築家の高橋貞太郎(1892~1970),が担当。高橋の設計作品は東京港区白金の服部金太郎(セイコーの創業者)邸、また戦後の作品になりますが東京内幸町の帝国ホテルの新館などが現存しています。当初この建物は、デパートとしてではなく日本生命所有のビルとして建てられはじめましたが、途中高島屋が借りることになり設計が一部変更されたといいます。少し余談になりますが、銀座松屋も、当初は第一徴兵保険の自社ビルとして建てられ始めたものを、デパート仕様に設計を変更し竣工に至ったものです。

日本橋高島屋の外観はルネサンス風を基調にしながらも、玄関の細部装飾は和風をモチーフとしたアールデコ装飾が施されていたり、昭和初期らしいモダンさも窺えるデザイン。
高島屋日本橋店竣工以前この界隈では、古くから日本橋に店舗を構えていた老舗呉服店の白木屋は表現派といわれるモダンデザイン(現存せず)、三越は関東大震災で焼失した以前の店舗の外観を継承した店舗を竣工させています。そして日本橋に本格出店する事になった高島屋としても、どう日本橋の老舗デパートと張り合う店舗を作るかということが念頭に置かれていたのではないかと思います。堅実ながらも隠し味でモダンな要素を加味した高島屋のデザインには、当時の日本橋デパート事情が関係していたのではないかとも私は考えています。

また店舗内の見どころは、1階のエレベーターホール周辺の吹き抜けと地下の大階段。この建物の竣工と前後して現在の地下鉄銀座線が開通していますから、地下鉄からの乗降客を見据えてこのような大階段が設置された訳ですが、地下から地上にあがるあのワクワク感は昭和初期の人達も同じだったのではないかと思います・・・・・。

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奥に見えるガラスブロック部分は、戦後に村野藤吾設計より増築された部分。こちらについては日を改めて紹介したいと思います。
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by tokyo-farwest-net | 2009-04-04 00:57 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京日本橋の野村證券本店

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◆野村證券本店(旧日本橋野村ビル)
  ◎設計:安井武雄
  ◎施工:大林組
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り7階建て
  ◎所在地:東京都中央区日本橋1-9


これまでの横浜の建築紹介はしばらくお休みして、今回からは東京・日本橋に残る近代建築をおこないたいと思います。
そういう事で最初の紹介は、日本橋際に建つレトロなビルディング・旧日本橋野村ビルです。
設計は建築家・安井武雄(1884~1955)によるもの。安井は若き日に中国に渡り、大連を中心に満鉄(南満州鉄道)の営繕係として活動したのち日本へ帰国、主に関西・東京で活躍した人物です。また中国時代から様式に束縛されないその作風は、『自由様式』という名で現在は紹介されています。
そして安井の東京における代表作のひとつがこの野村ビルなのですが、自由様式という評価の通り軒周りには江戸格子のようなデザインが用いられていたり、現在日本橋に現存する戦前築の建物とはまた一味違った雰囲気を漂わせています。

またこのビルを見るたび、安井武雄のこのデザイン、施主である野村財閥のプライドを代弁したものではないかと私は思ってしまいます。
野村財閥は関西が発祥の明治期に創立した会社。川を挟んだ対岸には江戸時代より老舗・三井がこの日本橋に鎮座していた訳ですから、当時はどちらかというと新興の会社だった野村はむやみやたらに出しゃばらず、なおかつ人々の印象に残るビルをという要求を安井に託し、このデザインに至ったのではないかとも想像してしまいます。
またこのビル、よく目立つ一等地に建っているのも特徴としてあげられます。日本橋の脇という立地は勿論ですが、神田駅下を通る中央通りから日本橋方面をご覧になってください。遥か遠くに茶色のタイルと白のコントラストが美しい野村ビルを見つけることができると思います。竣工当初は首都高はなかった訳ですから、現在より更に目立った建物だったのではないでしょうか・・・・・?。
存在感、品格とも優れた野村ビル、日本橋では不可欠な風景といえるでしょう。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-02 01:00 | ■東京・23区 | Comments(0)