カテゴリ:■東京・23区( 67 )

東京・清州橋

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◆東京隅田川の清州橋
  ◎設計:東京市
  ◎施工:東京市、神戸川崎造船所
  ◎竣工:昭和3(1928)年
  ◎構造:鋼鉄製吊橋
  ◎所在地:東京都中央区日本橋中州~江東区清澄
   ❖国指定重要文化財


清州橋といえば言わずと知れた東京の名橋のひとつですから、ここでは説明を省かせいただきます。
いつ見ても素敵ですが、欲をいえば首都高速の隅田川大橋が架かる前の永代橋と清州橋がペアで見える姿を見たかったです・・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-24 00:24 | ■東京・23区

東京江東区の豊島橋

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◆江東区の豊島橋(中之堀川)
  ◎設計:東京市臨時復興局 
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和5(1930)年1月
  ◎構造:1径間鋼製ガーター橋
  ◎所在地:東京都江東区佐賀町2丁目中之堀川


この豊島橋は前回紹介した緑橋の数10メートル上流の、大島川西支川の支流・中之堀川に架かるもの。
支流の支流ということで、少し頭がこんがらがってきますが、かってこの中之堀川は隅田川と繋がるバイパス的な役割の河川だったようです。今はその大半が埋め立てられてしまっていますが、昔の江東区(深川)は毛細血管のように運河が巡っていたといいます。
この豊島橋、通っただけでは何の変哲のない橋にも見えますが、昭和5年に架設されたというもの。前回の緑橋と同じく、こちらも大正12年の関東大震災後の復興始業で架けられた橋梁の一つということになります。
まわりの施設のため全体像を撮影できることはできませんでしたか、このような長年に渡り人々の暮らしを支えてきた無名の橋に敬意を表して、この日はゆっくりと20メートルあまりの短い橋を眺めてしまったものです。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-23 23:06 | ■東京・23区

東京江東区の緑橋

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◆緑橋(大島川西支川)
  ◎設計:東京市復興局
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和4(1929)年4月
  ◎構造:鋼鉄製トラス橋
  ◎所在地:東京都江東区佐賀町1丁目~福住1丁目


今回から4回の予定で東京の橋を紹介していこうと思います。
そしてこれから紹介していくのは、大正12年の関東大震災後に復興事業として架けられた鋼鉄製の橋脚の数々です。隅田川の橋はよく知られていますが、その他にも運河の多かった江東区(旧深川区)などにも復興橋梁が架けられ、その多くが今も現役の橋として使われているとのこと。全てを紹介しきるのはいつの日になるか分かりませんが、少しずつながらこちらも取り上げていきたいと考えております。

そういう事で今回紹介する緑橋は、永代橋西の大島川西支川に架かるもの。先月、建築家・関根要太郎設計の村林ビルを撮影した帰り、偶然見つけたものです。この下流に架かる御船橋の親柱にアールデコ調のデザインが施されているのは以前から知っていたのですが、その上流にこんな立派な橋があったとはこの時まで知りませんでした。
橋の長さは電車1両より少し長い23メートルというものですが、トラス式の仰々しいデザインは、ちょっとした小宇宙のようにも感じてしまったりもしました。ちなみにこの目の前には首都高深川線が走っていますが、存在感はこの小さな橋のほうに軍配があがると思います。予想しない発見だった緑橋との出会いでした。次回はここを北上した小さな年代物の橋を紹介したいと思います。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-18 01:18 | ■東京・23区

慶應義塾大学図書館

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◆慶應義塾大学図書館
  ◎設計:曾禰中條建築事務所
  ◎施工:戸田組
  ◎竣工:明治45(1912)年
  ◎構造:煉瓦造り2階建て
  ◎所在地:東京都港区三田2-15-45
   ❖国指定重要文化財


このところ東京港区の近代建築を紹介してきました。同区内にはこのプログで紹介してきた建物のほか、明治学院大学聖心女学院の正門高輪台の消防署など素晴らしい近代建築が数多くありますが、その中でも最高傑作といえるのが慶應大学の図書館だと思います。
明治45年に戦前を代表する建築事務所であった、曾禰中條建築事務所の初設計作品として竣工したこの図書館は、煉瓦と花崗岩の対比がとても美しいゴシック様式のデザイン。東京都内には戦前に建てられた大学の施設が数多く現存していますが、慶應の図書館は周辺の環境を含め他とは違う品格が感じられる佇まいです。
なお館内には有名なステンドグラスもあるとのこと。図書館マニアの私としては一度中に入ってみたいものです・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-15 00:15 | ■東京・23区

東京三田の三井倶楽部

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◆綱町三井倶楽部
  ◎設計:ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正2(1913)年
  ◎構造:煉瓦造り2階建て
  ◎所在地:東京都港区三田2-3-7


今回紹介するのは先日の旧簡易保険局の向いに建つ三井倶楽部。日本近代建築界の父といわれるイギリス人建築家のジョサイア・コンドル(1852~1920)の設計により、大正2(1913)年に竣工したものです。コンドルといえば現在丸の内で復元工事がおこなわれている三菱1号館の設計をはじめ、明治10年の来日から大正9年で亡くなるまで数多くの建築設計を手掛けた人物として知られています。
なお東京都内に残るコンドルの設計作品は、この三井倶楽部をはじめ台東区の旧岩崎邸、北区の旧古河邸、品川区の旧島津邸(現清泉女子大学)・開東閣など、いわゆる山の手の「お屋敷」が残っているというのも興味深いことです。先にあげたコンドル作品は、大正12年の関東大震災、昭和20年の空襲、戦後の再開発をものともせず、現代まで生き続けているというのも驚愕に値します。三井倶楽部は会員制クラブのため、撮影は門の外からだけですが、外からだけでも見る価値のある名建築だと私は思います。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-14 00:14 | ■東京・23区

東京三田の簡易保険事務センター

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◆簡易保険事務センター(旧簡易保険局)
  ◎設計:逓信省経理局営繕課
  ◎施工:大林組
  ◎竣工:昭和4(1929)年3月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り3階建て
  ◎所在地:東京都港区三田1-4


このところ港区に残る近代建築を紹介していますが、これからは少し南に進み三田の建物をご覧いただきたいと思います。
そういう事で今回紹介するのは、旧簡易保険局。逓信局の設計により昭和4年に竣工したものです。なお東京都内では数少ない戦前築の逓信建築でもあります。なお前回の旧貯金局は麻布台の高台にありましたが、こちらもやはり三田の高台に鎮座しています。立地的なこと、昭和初期に建てられたということもあるのでしょうか、どことなく似た雰囲気を漂わす建物です。
あとこの建物を見るたび気にかかるのが、玄関車寄せ上に備え付けられた照明器具。1920年代らしい色とりどりの配色が施されたモダンなものです。ティファニー社の製品にもこのようなデザインのものがありますので、もしかしたら当時の舶来品がそのまま使われているのも知れません。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-12 00:12 | ■東京・23区

東京・麻布郵便局、郵政総合研究所

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◆麻布郵便局(旧貯金局)
  ◎設計:大蔵省営繕管財局
  ◎施工:銭高組
  ◎竣工:昭和5(1930)年11月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造り4階建て
  ◎所在地:東京都港区麻布台1-6-19


東京港区といえぱ、起伏に富んだ町として知られています。芝や浜松町、新橋などの区東部と一部を除けば、必ず坂を上り下りしなければ移動できないという土地でもあります。
そういうことで、今回紹介させていただく麻布郵便局は、麻布台という地名がしめすように港区の高台に鎮座する建物であります。現在は郵政公社の管轄になっていますが、もとは大蔵省直轄の貯金局として建てられたものです。なお昭和5年の竣工ということなので、関東大震災後の復興建築の意味合いが深かった建物とも言えるでしょう。
立地・敷地等とても大規模で、それだけでも重厚な雰囲気を漂わす建物ですが、玄関や窓の装飾にアールデコ風なデザインが用いられており、昭和初期のモダンさもうかがわせてくれます。修繕がこまめにされているため古さをあまり感じませんが、外観に関しては竣工当時のデザインが維持されているようです。
その存在はあまり知られていないようですが、東京の名建築のひとつとしてお勧めしたい建物であります。

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麻布郵便局裏手の三年坂より。近々この周辺は再開発がおこなわれるといいますが、古き良き東京の風情を残す一帯です。
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こちらは郵便局前側にある狸穴坂(まみあなさか)より。
この2枚の写真をご覧いただければ、この郵便局が麻布の高台に建っているのが分かっていただけるでしょうか。
坂を上り下りしながら歩いていくのが、東京山手探訪の醍醐味です・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2009-07-11 00:11 | ■東京・23区

東京芝の聖オルバン教会

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◆聖オルバン教会
  ◎設計:アントニン・レーモンド〔Antonin Raymond〕
  ◎施工:白石建設
  ◎竣工:昭和31(1956)年
  ◎構造:木造平屋、一部2階建て
  ◎所在地:東京港区芝公園3-6-35


こちらの教会は、先日紹介した東京タワーから西に百メートルほど進んだ場所にあるもので、チェコ出身の建築家:アントニン・レーモンドの設計により昭和31年に竣工したものといいます。
この坂下にある桜田通りの喧噪がまるで嘘のように感じてしまう、都会の清涼剤のような存在の教会です。
また木造な小さな教会ということもあり、建物のスタイルこそ異なりますがレーモンドの設計作品・軽井沢のセントポール教会をも連想してしまう佇まいであります。
向いに建つ高層ビルや、土地を無理やり開墾したためか妙に不自然な印象を感じてしまう桜田通りのことを忘れていただければ、どこかの高原へ訪れたような気分にもなれるかも知れません。さすがにそれは無理ですか・・・・・?。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-10 00:10 | ■東京・23区

東京タワー

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◆東京タワー(日本電波塔)
  ◎設計:内藤多仲、日建設計
  ◎施工:竹中工務店
  ◎竣工:昭和33(1958)年
  ◎構造:鉄骨
  ◎所在地:東京都港区芝公園4-2


ここ数か月、横浜の建築紹介を続けてきましたが、本日から数回は東京港区の芝から三田にある近代建築を紹介していきたいと思います。そういう事で第1回目は東京タワー、高さ333メートルを誇る電波塔は東京のランドマークともいえる建造物です。
設計は大正末から昭和の構造学の第一人者である内藤多仲が担当したことはよく知られていますが、鉄骨の一部には戦時中使われた戦車等の廃材が使われているとのこと。私はその当時には生まれていませんが、戦時色一色だった暗黒の昭和初期から敗戦、そして復興期の日本にあってこのタワーの出現は人々に多くの希望を与えたのではないかと思います。今でこそ高層建築だらけの東京ですが、このタワーが長年にわたり人々から愛されているというのも、その美しいフオルムは勿論のこと、戦後日本の象徴的モニュメントだったからではないでしょうか?。
このところ建てられた無機質なビルにはない、温もりと力強さを感じてしまいます。

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by tokyo-farwest-net | 2009-07-09 22:28 | ■東京・23区

東京日本橋の近三ビル(旧森五商店)

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◆近三ビル(旧森五商店)
  ◎設計:村野藤吾
  ◎施工:竹中工務店
  ◎竣工:昭和6(1931)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造り8階建て(竣工時は7階建て)
  ◎所在地:東京都中央区日本橋室町4-1-21 
    ❖東京都選定歴史的建造物


東京日本橋の数多く残る近代建築で、忘れてはいけない存在がこの近三ビル(旧森五商店)でしょう。
昭和6年に竣工した茶タイルのこのビルは、日本橋に鎮座する日銀本店、三井本館、三越などの装飾性豊かな建物に比べますとまったく装飾もなく、もしかしたら興味をひかないという方もいらっしゃるかも知れません。設計は昭和の日本建築界をリードした建築家・村野藤吾(1891~1984)。村野は建築家・渡辺節の事務所に在籍したあと独立、そのデビュー作にあたるのがこの旧森五商店だといいます。

またこのビルの魅力は、その簡素さ。このころ日本に滞在していたドイツ人建築家:ブルーノ・タウトは雑誌『婦人の友』の企画〔ブルーノ・タウト氏と東京を歩く〕のなかで、この森五商店について「日本の伝統と現代的価値との驚くべき融合」と感想を述べています。つまり西欧のモダニズムの形を通してはいますが、日本人が兼ね備えた美を村野はこのビルに体現させたということをタウトは絶賛したのではないかと私は考えます。余分な贅肉を削ぎ落とし出来たのが、この簡素な美しいビルです。
近代建築というと古典的な装飾が施されたものに注目が集まりがちですが、西欧のモダニズムとはまた異なったこのビルにこそ、日本人が忘れかけた美が宿っているのではないかと思います。

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by tokyo-farwest-net | 2009-04-26 06:06 | ■東京・23区