カテゴリ:■東京・23区( 67 )

東京・新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館

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◆佐伯祐三アトリエ記念館
  ◎設計:不詳
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:大正10(1921)年
  ◎構造:木造
  ◎所在地:東京都新宿区中落合2-4-22
   ❖新宿区指定史跡


本日別プログで新宿区中井の林芙美子記念館を紹介させていただきましたが、そこの案内係の方にいただいたのが佐伯祐三記念館のパンフレットでした。
佐伯祐三(1898~1928)と言えばパリへの留学経験を持つ、夭折の画家。その佐伯が新婚当時に建てたのが、中落合の邸宅でした。また妻・米子さんが存命されていた頃は、邸宅部分も現存していたと言いますが、今は洋風下見板張りのアトリエのみが残されております。今から10年くらい前に一度訪ねたことはあったのですが、その頃は内部見学は不可でかなり建物も朽ちていました。しかし最近リニューアル工事が施され、佐伯の生前の足跡を紹介するミニギャラリーとしてオープンしています。
佐伯祐三の作品展には何度か足を運んだことがありますが、哀愁を帯びた落合界隈の風景画に心打たれた私としてはそれらの絵がここで描かれたと思うと、やはり感動してしまいます。佐伯が落合で暮らした大正末から昭和はじめとは、この周辺の風景はすっかり様変わりしている筈ですが、このような建造物が残すことによって当時に思いを馳せることが出来るのではないでしょうか。そう考えると、この施設のオープンはとても意義深いことだと思います。

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by tokyo-farwest-net | 2010-07-10 07:10 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京神田駿河台のニコライ堂

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◆日本ハリストス正教会東京復活大聖堂(ニコライ堂)
  ◎設計:ミハイル・シチュールポフ、ジョサイア・コンドル、岡田信一郎(・・・・関東大震災後の修復工事を担当)
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:明治24(1891)年
  ◎修復:昭和6(1931)年
  ◎構造:煉瓦、鉄骨鉄筋コンクリート造
  ◎所在地:東京都千代田区神田駿河台4-1
   ❖国指定重要文化財


本日別プログの方で国内におけるロシア正教の代表的な聖堂の一つである函館のハリストス正教会を紹介しましたが、それと共にロシア正教の顔と言えばこのニコライ堂でしょう。
JRのお茶ノ水駅を下車してすぐの場所に建つこの聖堂は、明治17年から7年の歳月をかけて建てられたもので、ロシア工科大学のシチュールポフ教授から送られた図面をもとに、当時日本に滞在していたイギリス人建築家:ジョサイア・コンドルが実施設計を施し竣工に至ったと言います。また現在は若干の改変がされていますが、竣工当初は前方玄関側の鐘楼はもう少し尖ったものだったようです。神田駿河台の高台に建つこともあり、竣工当初はこの周辺からは一目で分かるランドマーク的存在だったのではないかと想像されます。また大正12年の関東大震災では建物前方の鐘楼やドームなどが倒壊・炎上したため、その後岡田信一郎の設計により修復され現在の姿に至りました。
聖堂内は土日のみの見学ですが、高い天井や美しいイコノスタスやステンドグラスは信者でなくても心が洗われるような気分になってしまいます。あと鐘楼の鐘は函館のハリストス正教会で使っていたものを譲り受けたものだそう。以前この鐘が鳴らされている時間帯に、ニコライ堂の鐘の音を背に「この鐘がその昔函館で使われていたものか・・・」などと、感慨にふけりながらこの界隈を歩いていたのですが、歩いて数分も経たないうちに鐘の音が街の雑踏がかき消され聞こえなくなってしまいました・・・・・。

❖参考文献・・・・・『西洋館 明治大正の建築散歩』 中村哲夫氏著、淡交社刊、2000年
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by tokyo-farwest-net | 2010-07-03 07:03 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京・言問橋

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◆東京隅田川の言問橋
  ◎設計:東京市(岩切良介)
  ◎施工:栗原組
  ◎竣工:昭和3(1928)年
  ◎構造:鋼鉄製
  ◎所在地:東京都墨田区向島~台東区花川戸


先日別プログで墨田区立言問小学校(昭和11年築)を紹介しましたが、そこより数分ほど歩いた隅田川に架かるのがこの言問橋です。
現在の橋は関東大震災後の復興事業の一環として昭和3年に竣工した、東京に残るレトロな橋の一つでありますが、震災前はここには橋はなく復興事業を機に新たに新設された橋ということになります。またゲルバー式鋼板桁のシンプルなデザインで、言問橋の下流に架かる永代橋や清洲橋、厩橋になどに比べるとインパクトがないように思えますが、これは言問橋周辺の隅田川両岸に造成された隅田公園の景観を崩さないようにシンプルな設計がされたとも言われています。そう言われると、計算された見事な設計であります。
またこの界隈、隅田公園をはじめ鉄筋コンクリート製の震災復興小学校舎である小梅小学校なども落成し、震災復興の象徴ともいえる場所でしたが、隅田公園も当初の形状から大きく形を変え、小梅小学校も新しい校舎へと建て替えられ、昭和はじめの華やかさを伝えるのはこの言問橋だけになってしまいました。そういう歴史的背景を考えても、もっと知られて良い橋なのでは・・・?、と私は思ってしまいますが。

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by tokyo-farwest-net | 2010-05-29 20:29 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京ルーテルセンター(日本神学校)

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◆東京ルーテルセンター
  ◎設計:長谷部鋭吉
  ◎施工:大倉土木
  ◎竣工:昭和12(1937)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造3階建て
  ◎所在地:東京都千代田区富士見1-2
   ❖東京都選定歴史的建造物


東京飯田橋界隈と言うと、現代的なビルが建ついかにも東京といった感じの街並みが形成されています。
そのような飯田橋ではありますが、少し坂道を上った富士見という場所にはご覧のような清楚な建物もあります。その建物の名前は東京ルーテルセンター、もとは神学校の施設として建てられたものだそうです。その外観から見ると、建てられてから比較的年数の経っていないものと思われるかも知れませんが、昭和12年に竣工したという列記とした歴史的建造物であります。
設計は大阪の住友本社ビル(昭和5年築)の設計などで知られる長谷部鋭吉(1886~1960)によるもの。長谷部というと住友関連の営繕を中心活躍した建築家で、現在でも関西を中心に幾つかの作品が残っているとのこと。ずぼらな建築ウオッチャーである私は、長谷部の建築作品は千代田区のルーテルセンターしか見たことがありませんが、どの作品も高い評価を得ている当時を代表する建築家であります。
またルーテルセンターの外観はとてもシンプルなもの。この時代の国内建築界は、装飾を排したインターナショナルデザインが全盛を極めていた時代なので、恐らくその影響を受けて建てられたものなのでしょうか。少し控えめな印象も受けますが、長谷部のセンスの良さを感じる作品です。いずれ長谷部の作品を見に、大阪へ行かなければと思ったこの時の訪問でした・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-05-21 21:21 | ■東京・23区 | Comments(0)

東京江東区の清州寮

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◆清州寮
  ◎設計:不詳
  ◎施工:大林組
  ◎竣工:昭和8(1933)年
  ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造4階建て
  ◎所在地:東京都江東区白河1-3


前回は清澄公園脇に建つ旧東京市営店舗向住宅を紹介しましたが、この清州寮はそこからすぐそばの清州通り沿いにあるものです。
一見すると比較的新しい建物にも見えますが、なんとその竣工は昭和8年。つまり今年で築77年を迎えるという年季の入った建物な訳ですが、そのような古さを微塵も感じません。また古さを感じない理由としてはメンテナンスの良さは勿論のこと、当時として最新のデザインだったモダニズムを取り入れたからでしょう。各階の窓上下などに付けられた水平を強調した庇や、建物中央に付けられたバルコニーなどはシンプルではありますが、力強さを同時に感じます。
またモダンさが目立つ建物ではありますが、住居部分の入り口にあたる場所には繊細なとても美しいモザイクタイルが貼られていたり、窓枠が木製だったり昔の建物ならではの温もりを感じさせてくれます。1階の店舗部分を除いた階上の部分は、住居として使われていることもあり見学は出来ませんが、東京の隠れた文化遺産として生き続けて欲しい建物の一つであります。

◆この建物は1階部分が店舗として使われていますが、2階より上は一般住居として使われていますので、プライベート部分の見学はご遠慮ください。
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by tokyo-farwest-net | 2010-05-07 20:07 | ■東京・23区 | Comments(2)

東京清澄の旧東京市営店舗向住宅

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◆旧東京市営店舗向住宅
  ◎設計:東京市
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和3(1928)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都江東区清澄3


先日別プログにて、昨年深川東京モダン館としてリニューアルオープンした旧東京市深川食堂(江東区、昭和7年築)を紹介させていただきました。
この旧東京市深川食堂は関東大震災後の復興事業の一環として建てられたものですが、この他にも江東区内には関東大震災後の復興事業の一環として建てられた興味深い建造物が現存しています。それが清澄公園の東側、清澄通り沿いに建つ旧東京市営店舗向住宅です。
一見すると、よく町中に建っていそうなちよっと古めの商店建築だと思われるかも知れませんが、その歴史はかなり古く昭和3年に建てられたもの。つまり今から82年前に竣工した町の生きる文化財とも言える存在な訳です。また関東大震災後の復興建築ということもあり、鉄筋コンクリートにて施工されています。
なお冒頭でご覧頂いた写真は北側から撮影したものですが、六軒ワンセットの商店群が清澄公園脇に5棟並んでいます。その長さは約200メートル。今回ご覧頂いている写真を撮影しながら、この前を往復しましたが、その長さはかなりのものでした。

清澄の旧東京市営店舗向住宅のような鉄筋コンクリート製の商店建築を連続して建てるというプロジェクトは、函館の銀座通りの防火建築帯(大正10年~12年)という前例はありましたが、より計画的に造られたのはこの清澄の鉄筋コンクリート商店群が初めての例だったのではないかと考えられます。
時代の変遷とともに外壁が改修されたり、屋上を増築したもの商店が殆どですが、建物の角には竣工当初からのアールデコ調の装飾も残されており、この建物が建てられた当時の煌びやかさが偲ばれます。ごく当たり前に日常の暮らしの中に生き続けている築82年のレトロ建築、もっと評価されていい筈です・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-19 20:19 | ■東京・23区 | Comments(4)

東京清澄庭園の涼亭

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◆清澄庭園の涼亭
  ◎設計:保岡勝也
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:明治42(1909)年
  ◎構造:木造平屋
  ◎所在地:東京都江東区清澄3-3-9(清澄庭園内)
   ❖東京都選定歴史的建造物


今年は4月になっても真冬のような陽気が続いていますが、先週のポカポカ陽気の日に訪れたのが東京江東区の清澄庭園でした。
清澄庭園というと、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷だったと言われる場所で、その後下総国・関宿の城主久世大和守の下屋敷として使われていた土地を、明治に入り三菱の創始者である岩崎弥太郎が買収し造成したのがこの庭園の始まりだと言います。

また関東大震災後にこの庭園は東京市に寄贈され一般に公開されるようになりましたが、岩崎家が所有していた頃の遺構の一つが今回紹介する涼亭です。
明治42年に国賓として来日したイギリスのキッチナー元帥を迎えるために岩崎家が建てられたものだそうで、設計は当時三菱の建築事務所の所長だった保岡勝也(1877~1942)が担当したと言われています。保岡の設計作品というと川越の旧八十五銀行本店旧山吉デパートなど、三菱の建築事務所を退社した後の作品が現存していますが、三菱の建築事務所に在籍していた明治期の現存する作品はこの涼亭のみのようです。池にせり出した数寄屋造りの涼亭は、庭園全体を見渡せる絶好の場所に建っており、この庭園のシンボル的な存在であります。機会があれば亭内からの景色も楽しみたいなとも思った今回の訪問でした・・・・・。
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by tokyo-farwest-net | 2010-04-16 16:16 | ■東京・23区 | Comments(1)

東京都江東区の御船橋

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◆御船橋(大島川西支川)
  ◎設計:東京市
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和3(1928)年3月
  ◎構造:3径間鋼鉄ガーター橋
  ◎所在地:東京都江東区佐賀1丁目~福住1丁目


今回は久々に東京下町に残るレトロな橋梁を紹介したいと思います。
この御船橋(みふねはし)は、東京メトロ東西線の門前仲町駅より徒歩数分の大島川西支川に架かる橋で、昭和3年に竣工したものです。
個人的には御船橋より東数10メートルの場所に建築家・関根要太郎(1889~1959)の設計作品である村林ビル(昭和3年築)があることもあり、時折ここ界隈を歩くことがあったのですが、最近になりこの橋の素晴らしさに気付いた訳です。よく見ないとただ通り過ぎてしまいそうな地味な橋ですが、橋の親柱には昭和初期に流行していたアールデコ調のゴツゴツした装飾、また欄干の部分にはシンプルな図柄ではありますがその親柱と対になったような、ちょっと洒落た装飾も施されています。
ちなみにこの界隈、大規模な工場やオフィスビルも建っていますが、下町風情溢れる町屋もチラホラと残る一帯。そのような在りし日の東京を想像してしまう洒落た橋であります。なおこの上流に架かる緑橋との姿もなかなか絵になっています。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-15 20:15 | ■東京・23区 | Comments(0)

日本女子大学成瀬記念講堂

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◆日本女子大学成瀬記念講堂
  ◎設計:田辺淳吉
  ◎施工:清水組
  ◎竣工:明治39(1906)年
  ◎構造:木造・・・・竣工時は煉瓦造り
  ◎所在地:東京都文京区目白台2-8-1
   ❖文京区指定文化財


明治39年築の成瀬記念講堂は、日本女子大学のシンボルとも言える建造物です。
設計は東京北区の飛鳥山にある晩香盧青淵文庫、世田谷区瀬田から深谷市に移築された誠之堂などの設計を手掛けた建築家の田辺淳吉(1879~1926)によるもので、当初は煉瓦造りで竣工。しかし大正12年の関東大震災で外壁が崩壊したため、その後に木造へと改築されたのが今回ご覧頂いている姿だといいます。
なお講堂内は竣工当時からの箇所が数多く残っているそうで、中世の教会風のハンマービームの架構などは時おり建築案内などで紹介されていますが、いつの日かその美しさをこの目で実際に確かめてみたいものです。大正のモダン建築文化の一頁を彩った田辺淳吉の初期作というこもあり、その内部がとても気になる作品であります。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-04 00:04 | ■東京・23区 | Comments(2)

同潤会上野下アパート

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◆同潤会上野下アパート
  ◎設計:同潤会
  ◎施工:不詳
  ◎竣工:昭和4(1929)年3月
  ◎構造:鉄筋コンクリート造2階建て
  ◎所在地:東京都台東区東上野5-4-3


この同潤会アパートメントは、地下鉄銀座線の稲荷町駅のすぐそばにあるものです。
同潤会は関東大震災後の住宅供給を目的に東京・横浜に10数箇所のアパートを建てましたが、この上野下アパートはその中で現存する数少ない作品であります。同潤会アパートというと解体時に話題になった江戸川橋や青山などの大規模施設を想像してしまいますが、この上野下アパートは鉄筋コンクリート造4階建ての棟が二つだけの小規模なものです。外観を見る限りでは築80年を過ぎたとは思えないほど、メンテナンスが行き届いているのも驚きであります。このアパートが竣工したのは日本初の地下鉄が上野・浅草間に開通した約1年半後、その駅を下車してすぐの場所に建つ上野下アパートは当時の人々にとっては高根の花だったに違いありません。
現在も一般の方が住まわれているので迷惑にならない程度に見学していただきたい、昭和戦前のモダン東京の雰囲気を今に伝える貴重な遺産であります・・・・。

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by tokyo-farwest-net | 2010-04-03 18:03 | ■東京・23区 | Comments(0)