東京神保町の旧相互無尽会社

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◆旧相互無尽会社
  ◎設計:安藤組
  ◎施工:安藤組
  ◎竣工:昭和5(1930)年
  ◎構造:鉄筋コンクリート造4階建て
  ◎所在地:東京都千代田区神田神保町2-19


 本日別プログにおいて神田錦町の学士会館〈昭和3年築)を紹介しましたが、その帰りに立ち寄ったのが神保町の裏通りにあるこの建物です。現在はどのような用途で使われているかは知りませんが、今から20年くらい前は住友銀行系列のわかしお銀行の施設として使われていたと記憶しております。個人的な話になりますが都内某学校の学生だった私はこのそばの中古レコード店でアルバイトしており、貫禄あるこの建物をその当時から意識していたのであります。すっかり神保町の街並みも変わりましたが、この建物は今も健在です。
 さてこの建物、詳しいプロフィールについては不明な点が多いようですが、昭和5年に戦前に活躍したゼネコン・安藤組により建てられたものとの事。〔無尽〕と〔相互〕という名称から察すると、小口にお金を貸す事をメインにした金融機関の施設だった事になるでしょう。極端に狭い玄関などを考えると、そのような用途で使われていた可能性はかなり高いと思います。また外観は少しいかついですが、当時流行のスクラッチタイルとテラコッタを使っているのも見逃せない点です。この先も何となく生き続けて欲しい隠れた町の名建築の一つであります。

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by tokyo-farwest-net | 2012-02-18 18:18 | ■東京・23区 | Comments(5)
Commented by ayrton_7 at 2012-02-18 21:50
小さきながらもお洒落な建物ですね。
Commented by sy-f_ha-ys at 2012-02-19 19:29
ayrton_7さま、神保町には戦前築の洒落た小規模なビルや商店がたくさんありましたが、気が付けばその殆どが無くなってしまいました。時代の流れと言えばそれまでですが、神保町もここ十年くらいで大きく様変わりしたと思います。
Commented by グズグズ at 2012-02-28 21:37 x
管理人さんの気になるこの建物を前に調べた事がありますので僭越ながらお知らせしたいと思います。戦後は相互銀行法の制定により第一相互銀行となり平成元年・太平洋銀行、破綻後わかしお銀行、平成15年三井住友銀行千代田営業部として使用され、平成17年に道路向かいの建物に営業部が移り閉鎖されたそうです。今は神保町ビル別館として(財)日本タイ協会が2階にあります。
Commented by tokyo-farwest-net at 2012-03-03 18:01
グズグズ様、お久しぶりです。
戦後のこの建物の詳細に変遷をご教示していただき誠に有難うございます。
ところでもう一つの疑問なのですが、この建物竣工時は相互無尽という会社が所有者だったのでしょうか?。
戦前の「無尽」に、戦後の「相互」。偶然そのような二つの名前が重なったと言えばそれまでですが、ちょっと不自然な名称な感じもしてしまいます・・・・。
Commented by グズグズ at 2012-03-03 20:41 x
本人は何をコメントしたか忘れてしまいました。恐縮です。時々覗かせていただいています。相互無尽と言う言葉は戦前にもあったようで、銀行変遷史データベースにも8行載っています。建物の当初の名前は「相互無尽ビル」と言うそうです。大正6年から相互無尽株式会社と言う名前になったようですので最初の所有会社だと思います。前に調べた事でもう一つ面白い事があります。
三井住友銀行の変遷を調べますとわかしお銀行と合併した時に存続銀行としてはわかしお銀行が残り一時三井住友銀行は消滅したことになっています。その後わかしお銀行の名称を三井住友銀行に改称したようです。バブル期の負債の清算のための手段だったようです。長々のコメントすいませんです。
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